コラム

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こちらでは、私 竹川和登が出会い、目にしたもの感じたことを直感的に書き綴っています。
  2008/04/30(水)

    ■衆議院再議決
     本日夕刻、衆議院において揮発油税の暫定税率を復活させる税制改正法案が、再議決されました。この問題はよくよく見ておく必要があると思います。暫定税率が切れたこの1ヶ月間、地方行政の財政に穴があき、多くの自治体で、予算の執行に支障を来たしました。我が広島県も新たな発注を凍結致しました。しかし今日の議決を受けて、県は即座に凍結を解除する発表をされました。全国知事会の麻生会長も歓迎のコメントを出されました。

     3月から今日まで、一体どんな事があったんでしょうか。参議院では野党が過半数を占めております。衆議院から送られて来た法案は速やかに審議採決されれば良いものを、なぜか今日まで採決もせず棚ざらしにする。この財源不足の中で税収のカットのみを行い、対案を出さない、しかも議論をしない、こんなことが責任ある政党の態度と言えるでしょうか。あえて棚ざらしにして、衆議院で再議決させ、自民党の横暴ぶりを喧伝しようとの魂胆、ミエミエです。

     また本日、衆議院で取られた民主党の態度はどういう事でしょうか。河野衆議院議長の議場への入室を実力で阻止すべく応接室を占拠、もみ合いを演じておられました。議場で堂々と反対討論でもなさるかと思えば、欠席。街頭で自民党の横暴ぶりを予定通り喧伝しておられました。多数を持つ参議院では法案の棚ざらし、少数の衆議院では採決に欠席、こんなことが責任ある国会議員のとるべき態度と言えるでしょうか。

     ガソリンの値段が高くなるのは、誰でも嫌に決まっております。今日の再議決で、自民党や福田内閣に対する支持は一段と厳しいものになるでしょう。それでも財政の混乱を回避しなければならない。与党は国民に甘い事だけをささやくのではなく、全体を大きく見渡し、責任ある行動をとったと見るべきではないでしょうか。これから国会は5月12日頃、もう一荒れ来ると思いますが、問題の背景をしっかりと見据え、自らも深く考える態度を養って行きたいものだと思っております。
  2008/04/28(月)

    ■灰が峰登山道清掃
     今日は呉理容組合西支部の婦人部の方たちが企画された灰が峰登山道の清掃に参加致しました。8時半には呉駅前集合、私の車にも4名程乗ってもらい目指すは灰が峰公園。20名程の参加でしたが、中西支部長を含め男性も数名参加されました。先日、私は下見にと思って車で頂上まで登ってみた時は、意外ときれいでゴミはあまり目につきませんでしたが、登山口から皆さん軍手で草をかきわけてみると、コーヒーの空き缶、弁当の空パック、あるはあるは頂上までの約3時間、100袋の用意したボランテイア袋は全て一杯になりました。頂上付近には創立記念日だったそうで三津田高校の全校生徒が登って来ておられました。4、5百名程でしょうか。頂上は満杯です。こちらは良い汗をかき、3叉路近くの消防の殉難碑の入り口近くでお昼ご飯、市役所産業部観光係の方も参加してくださり、本当に助かりました。感謝感謝です。

     夜は広島のホテルで開かれた溝手参議院議員を励ます会に出席致しました。古賀誠選挙対策委員長が、山口補選の惨敗で誠にタイミングが悪いんですが、と挨拶され、30日には粛々と暫定税率の再議決をやりますと明言されておりました。久し振りに児玉広島市議会副議長や蔵田東広島市長など、かつて一緒によく上京した自民党青年部のメンバーとも会う事が出来、かつ東京での国会の動き等、色々と詳しい情報も聞け、有意義な参加となりました。これから4月30日の午後、5月12、13日頃の再議決、ひとつのヤマ場を注視してゆきたいと思っております。
  2008/04/27(日)

    ■小さな庭の手入れ
     飛んで行った種から芽生えたのでしょうか。「てっせん」のツルがどんどん伸び上がって、風にゆらゆら揺られております。外のレンガ塀に2カ所です。オロを立ててやり、それに巻き付けてやりました。小さな蕾みをつけておりましたので淡い紫色の花を、もうすぐ咲かせてくれる事でしょう。買って来ていた「ガザニア」もそれこそ小さな小さな玄関前の花壇に植えてやりました。冬を越して来た「すみれ」とともに玄関前をパッと明るくしてくれました。久し振りの小さな小さな庭の手入れです。

     夕刻はこちらも久し振り、ひばりケ丘の仲間10名と飲み会です。皆で第2公園の前に集まってTAXでの呉行きです。いつもの決まったお店でいつもの席に座り、皆でワイワイガヤガヤ。お店の用意してくれたお寿司や魚、タケノコの煮付けに豚汁、それはそれはおいしい料理に舌鼓を打ちながらの楽しいひと時です。カラオケも一人2曲ずつ、あっと言う間の3時間でした。中型TAX2台に5人ずつ分乗しひばりケ丘に帰って参りました。本当に気の置けない仲間の人達です。
  2008/04/26(土)

    ■圓鍔勝三記念館
     今日は愛車テイーダで御調町を目指しました。圓鍔勝三氏の記念館を訪ねる為です。比較的近くにありながら、私にとっては初めての美術館です。ナビを頼ってのドライブでしたが、御調町の高台にあるかつての「御調工業」のそばでした。御調工業は現在「リョービ・ミツギ」と看板が変わっておりましたが、私がサラリーマンの時、よく通ったものです。あの時のO工場長はどうしておられるでしょうか。本当に良くして頂いたものです。

     高台はスポーツ公園になっておりました。その奥側が圓鍔記念公園になっており、その中に緑色の屋根の記念館が建っております。玄関を入って驚いたのは、大変大きな人物像です。東武鉄道の根津さん、東洋工業の松田さん、福山通運の渋谷さんのお三方の巨像でした。タヒチの浜辺の風景から、東西の宗教家が何やら教典をもって語り合っている姿、キタキツネ物語、今まさに春に萌え出た「わらび」等等、それはそれは小さな作品から、大きな作品まで、本当に多岐のジャンルにわたっての作品群に圧倒されました。来て良かったと思います。90歳頃の作品もあったと思います。すごい方です。館の外に出てみると風が少しきついようでしたが、御調の街が一望できます。芝生の丘には大きなブロンズ像がおかれております。素晴らしいロケーションです。今、御調町は尾道市ですが、尾道には沢山の美術館があります。少しずつ計画を立てて、全てまわってみたいものです。またあらためて呉駅前の氏の作品をじっくり見てみようと思っております。
  2008/04/25(金)

    ■久し振りのRCC
     今日は朝早く7時40分頃家を出ました。大学の先輩、惣前さんにお会いする為です。惣前先輩は、朝は6時半頃から会社に出ておられるそうです。8時頃会社でお会いしましたが、大変お元気そうでした。色々打ち合わせを済ませ、10時からのアポのRCCに向けて車を走らせました。15分前頃つきましたが、久し振りのRCCです。日韓親善協会の玉木専務理事や浅井事務局長と色々打ち合わせをして、新任の安東社長のご挨拶を受け、お昼前には辞去致しましたが、本当に久し振りのRCCでした。

     午後は2時から友人の弁護士事務所で打ち合わせが入っておりましたので、少し時間調整をしてそちらに出かけましたが、それも4時頃には終わり、久し振りに大洲方面を通ってみました。大洲橋あたりは北に向かって大きな橋脚が立ち並んでおります。2号線の淵崎のマツダの工場の方面からも工事がどんどん進んで来ているようでした。後一、二年、クレアラインも山陽道につながる事でしょう。国会のねじれの問題から、これが遅れる様な事があってはなりません。しっかりと見据えて行きたいものです。
  2008/04/23(水)

    ■PSAという数値
     私は毎年、共済病院で一日人間ドックに入って体のチェックをしております。60を過ぎると、あちこちガタがきて色んな指摘を受けますが、昨年秋の検査で、オプションの腫瘍マーカー前立腺の項目でPSAが4と出ました。一度、泌尿器科でよく見てもらうよう所見がついていましたが、ほっておいた訳です。今年に入ってみてもらいましたかとの手紙が届きましたので、豊田先生に相談し、国立の繁田先生を紹介して頂きました。実は月曜日の21日に生検を行い、22日は検査後の様子を見るため病院に留まり、本日10時に退院となった訳です。二泊三日の国立病院でしたが、大変のんびりさせて頂きました。私の部屋からちょうど入船山記念館や救世軍がよく見えます。時折、呉線を電車が音を立てて走って行きます。

     繁田先生のご実家が私と同じ団地のひばりケ丘なので、検査中も色んな話をしながらの検査となりました。今日、退院の日の朝、ドアをノックされるので、ハイと返事をしますと、「院長の佐治ですが、ご機嫌はいかがですか。」と佐治院長が顔を出されました。恐縮してお世話になりますと返事を致しましたが、国立、国立と私たちは言っておりますが、独立行政法人になって、経営はなかなか大変なようです。広く中四国の中で基幹病院としてのフラッグを掲げる「国立」が、ここ呉市に有る、その事を私たちは大変有り難い事だと思っております。本当に医療の面では呉市は恵まれております。医療行政は「後期高齢者医療制度」の問題やジェネリック薬品の問題、医療と介護、本当に問題が山積しております。しっかりと現状を認識し、この呉市内の医療体制が崩れないよう皆で支えて行かねばなりません。そんな事を考えた三日間となりました。

  2008/04/20(日)

    ■ひばりケ丘勝手連
     毎月第3日曜日は、ひばりケ丘の有志が集まって、ひばりケ丘第3公園の法面にはえた雑木を切り取る作業をしております。今日は私も、久し振りに参加致しました。かなりの斜面ですから、下手をすると転がり落ちます。私は命綱をしっかりした木に掛けて、枯れた木や、雑草を刈り取ってやりました。するとどうでしょう。今を盛りと咲き誇っている「山つつじ」がしっかりと顔を出してくれました。下草をどんどん刈って行くと、風通しが良くなります。これで小さな桜やつつじも、大きく育ってくれる事でしょう。枯れ松は、チェンソーで切り倒しました。朝9時からお昼までの作業でしたが、大変いい汗をかきました。

     今日は、韓国の李明博大統領が来日されました。中断していたシャトル外交の再開です。前の大統領の時のギクシャクしていた日韓関係は、急角度で改善されるものと思います。世界の3極の大きな一角を成すアジア地域での我国の役割は重要です。その為には我国と韓国の連携、連帯が大変重要だと思っております。明日からの首脳会談、大変期待しております。

     夕刻は、熊野から押込の団地に引っ越してこられた友人の家を訪ねました。ほぼ引っ越しは完了されておりましたが、立派なお家です。落ち着いたら、一緒に九州旅行をする事をお約束しております。友人のOさんは奥様も本人も九州の方なんです。私を素晴らしい九州に連れて行ってやろうという事です。久し振りにあの雄大な「やまなみ」をドライブしたいものです。
  2008/04/17(木)

    ■ベンダ工業会長・社長就任祝賀パーテー
     今日は、私がかつて勤めていた三建産業の万代社長と昼食を共にしました。営業部の後輩坂本さんも一緒です。彼も定年後ですが、まだ一線で頑張っています。万代社長曰く、「これからは65、70でも皆さん元気だし経験は豊富、おまけに少子化の世の中。三建産業は新卒と、ベテランが和気あいあいと一緒に力を合わせるといった形の会社のモデルとなるべく、定年後も元気な人は、会社に残ってもらっているんです。」と。今日は寿の九州工場のプラント受注の御礼とベンダの祝賀会出席のため呉にこられたんだそうです。万代社長とは、時々ゴルフを一緒にやっていますが、一橋のボート部出身だけあって、腕っ節が強く良く飛びます。また勝負したいものです。

     午後3時からはベンダ工業の会長、社長の就任祝賀パーテーです。大変多くの方がまさに世界のあちこちから駆けつけておられました。アルゼンチンやメキシコの取引先、本当に多彩です。ベンダの北米事務所長のジエーソン・ハープリン氏とは片言の英語でお話し致しましたが,私が場所を訪ねたら、ビトウイン シカゴ アンド デトロイト とネイテイブに答えられました。五大湖のそばだそうです。私が、もたもたした英語でしゃべっていると、そばに美人のお嬢さんが来て、流暢な英語で通訳して下さいました。現地の事務所の秘書の方だとばかり思っていましたら、今度の八代一成社長の妹さんで業務部長をしておられる八代宏子さんでした。どうも英語はぺらぺら、韓国語、中国語も堪能なようです。ベンダの海外戦略には欠かせない人材だそうです。

     ベンダの総生産量の50%強を受け持つ(ちなみに日本の本社は25%の生産量)韓国・仁川のベンダ鮮光工業の金社長も当然お見えで、久し振りの再会「オレガマニムニダ」と挨拶致しました。現在世界第2位だそうですが、中国・塩城工場等がフル稼働し、インドの動き等が本格化すれば早晩、世界のトップ企業に躍り出る事でしょう。私と同じテーブルには広銀の角廣頭取がおられましたが、同じ早稲田の法学部出身、お年は昭和19年、ただし1月ですからひとつ先輩ですが。刑法の斉藤金作教授、民法の外岡茂十郎教授等等、懐かしいお名前を出しての会話となりました。祝辞では広銀のトモロウクラブでの八代一成氏の落ち着いた態度、言動を評価しておられたようですし、今回の社長交代の決断を本当に喜んでおられるようでした。三建といいベンダといい韓国、中国での事業展開は目を見張るものがあります。ベンダとは先先代の社長さんからの付き合いですし、私も嬉しくなります。増々の発展にエールを送ります。新社長の挨拶にもありましたが、発展を持続するのは「常に危機感を持ち、コア技術に磨きをかける」このことに尽きるのではないかと思っております。素晴らしい新社長の誕生でした。
  2008/04/16(水)

    ■お通夜
     今日は19時から記念病院の前の院長・栗原茂實氏のお通夜に出かけました。ご兄弟は沢山おられますが、お一人は一級先輩で、私と高校時代、同じテニス部で遠征をしたものです。歯医者をしておられるのは私の同級生。色々とご縁があり、大変お世話になっておりました。今朝方、亡くなられたと聞き、大変驚きました。まだ72歳です。50歳、70歳と大病を煩われたようですが、その都度回復し自ら患者の回診もされておられたようですのに、この度は三度目の回復にならなかったようです。医療法人や社会福祉法人の会長、理事長として自らが理想とするグループを形成され、これからという時だったのに、さぞ残念なことでしょう。でもご長男・誠氏が立派に病院長として跡を継いでおられます。お父様の御遺志はキッチリ受け継がれて行く事でしょう。

     それにしても、お葬式がここのところ大変多くなっております。毎日ではありませんが連日といった感じです。お年の方もおられますが、先日は宮原高校の後輩の葬儀でした。季節の変わり目にどうも多い様な気が致しております。自戒して参りたいと思っております。
  2008/04/13(日)

    ■美術館巡り
     今日は午前中呉市立美術館に出向きました。和庄中学で先生をしておられた信谷光子先生の墨国事情という写真展を見せて頂きました。先生からメキシコのお話も少しばかり聞かせて頂きました。私はメキシコ(墨国)にまだ行った事はありませんが、何時の日にか訪れてみたいものです。午後は宮島の対岸にある「海の見える杜美術館」で開かれている池田遙邨展に出かけました。初めて訪れる美術館でしたが、春の花が咲き乱れるそれはそれは美しいたたずまいでした。もちろん池田遙邨の作品もタップリ見せて頂きました。今日は芸術三昧の一日でした。
  2008/04/12(土)

    ■日本宇宙少年団「呉やまと分団」20年度開講式
     今日は10時から、YAC呉やまと分団の新年度開講式が行われました。私たちスタッフは8時半には大和ミュージアムに集合し、会場の設営等、諸準備を整えて、団員の子供たちの到着を待っておりました。今年度のスタートは団員数71名、内、新入団員24名という内訳です。

     記念講演は、宇宙航空研究開発機構から若松武史主事に来て頂き、国際宇宙ステーションに組み込まれた「きぼう」を中心に、映像を使って子供たちに解りやすくお話しいただきました。12時からは宮原高校の後輩のM君の葬儀に出かけ、その後JAXAの若松さんを総監部から昭和通り経由で音戸の瀬戸公園までご案内し、空港行きのバス停までお連れ致しました。本来なら飛行場までお連れしなければならないのですが、ご遠慮され、若干の観光案内とさせていただきました。でも多くの潜水艦を目の当たりにされたときは、大変喜んでおられました。呉は初めてだったそうですが、また何時の日にか我々のカリキュラムの応援に、来呉願いたいものです。

     夜はひばりケ丘自治会の総会に出席して、今日の行事を全て終える事が出来ました。自治会もお世話いただく班長も決まり、年間の行事日程もほぼ決定致しました。我が家も今年度は第5班の班長を仰せつかりました。
  2008/04/09(水)

    ■韓国国会議員選挙投票終わる
     今日は韓国の国会議員の選挙の投票日でした。朝6時から夕刻6時までが投票時間だそうです。私は投・開票日に現地にいたのは2度目です。即日開票され、深夜には続々と当選者が決まって行きました。韓国の国会は、かつて2院制の時期もありましたが、今は1院制で解散はありません。定数は299、与党のハンナラ党は153議席を獲得、単独過半数です。さらに無所属の33議席も、ほとんどは当選後ハンナラ党に復帰される予想ですし、他の保守グループをあわせれば、圧倒的な勝利です。李大統領の政策遂行は非常にやりやすい方向になったと言えるでしょう。日本の様にねじれはありません。韓米日の関係は、これから新たな良い方向に向かう事は、ほぼ確実でしょう。我が日本も、中央銀行の総裁が不在とか、重要法案が通らないとか、国民が困る様な事態が度々起こるようでは話になりません。民主党も参議院の多数を握ったのであれば、真に国民の為になる責任ある国会運営を行って貰いたいものです。今の様な国会では世界中の物笑いの種です。いっそ韓国のように1院制にすべきという議論も起こってくるのではないでしょうか。
  2008/04/08(火)

    ■鎮海市の軍港祭見学
     今日は第46回の鎮海軍港祭を見学致しました。このお祭りの英語名は46th Jinhae Cherry Blossom Festivalです。つまり30万本とも言われる鎮海市の桜の開花に合わせて行われる桜祭りなんです。もちろん海軍の街ならではの諸行事もあり、軍神「李忠武公」の行列や軍楽隊の行進・・・・・Etc.大変多くの催しを見せて頂きました。何時見ても、韓国海軍の司令部の中にある桜は見事なものです。昌原から山越えで鎮海市に入る安民道の桜も、今を盛りと咲き誇っておりました。天気も最高で、桜も散るのを少し控えてくれているようでした。明日は韓国の国会議員選挙の投票日です。どんな結果になるんでしょうか。
  2008/04/06(日)

    ■三つの会合
     今日は10時半から伏原3丁目老人会の総会に出席致しました。毎年ゲストでご招待して頂いております。伏原神社の境内での総会でしたが、天気は最高、少し汗ばむ程でした。桜は満開です。決算や予算案が承認され、懇親会はお花見です。40分程で失礼し、ひばりケ丘の老人会の会合に、遅ればせながら11時50分頃駆けつけました。こちらも野外のお花見です。桜はまだ満開とはいきません。やはり呉市内とでは、温度差があるのでしょう。でも天気は同じく最高です。今日はお花見を二つ楽しませて頂きました。

     夜はソフトテニス呉百歳会の総会です。こちらも決算、予算、事業計画等が承認され、役員は加藤会長以下全員が留任となりました。2年間、現体制で運営して行く事が決定致しました。私も引き続き顧問として執行部に関わる事になりましたが、練習がままなりません。もう少しコートに出る様に頑張ってみたいと思います。

     三次市長選、安芸高田市長選とも即日開票ですが、三次は現職の吉岡さんが破れてしまいました。大学の同窓ですし、遠くからではありますが頑張ってほしいと思っていたのに残念です。安芸高田も市議出身の熊高さんを応援していたのですが、こちらも負けてしまいました。やはり選挙は最後まで解りませんし、毎日毎日の積み重ねが、最後の地力となって跳ね返ってくるんでしょう。ずっと手を抜かず、積み重ねて行かねばなりません。今日は色んな事を反省し教訓としながら、このコラムを書く事になりました。
  2008/04/03(木)

    ■YACリーダー会議
     今日は11時から郷原5区のKさんのお家の葬儀に出かけました。Kさんには、生前大変お世話になっておりました。私が演説会や座談会を開く時には、いつもご参加いただきました。お葬式は自宅で開かれましたが、お家の前が南向きのなだらかな丘陵で、そこには菜の花や水仙の黄色に混じって、鮮やかなムスカリの紫が咲き誇っておりました。春爛漫と言った風情です。そんなのどかなお家のたたずまいの中、静かに読経が流れて行きました。この暖かい春の日、彼岸に旅立って行かれた訳ですが、どうかご無事で向こうに行き着かれる様に、お祈りして郷原を辞去し、役所に向かいました。

     所用を色々済ませて、夕刻からは呉に転勤して来た友人と食事、午後7時からは、YAC呉やまと分団のリーダー会議に出席です。場所は大和ミュージアム4階、2日前から運営が指定管理者にゆだねられたミュージアムに初めて入りました。聞けば指定管理になってから、無駄を省く色んな努力がなされているようです。何事もダラダラは許されないようです。我々の会議も9時までにはピシッと終わる様に、むだな電力を使わない様に、運営されて行きました。会議は新年度の開講式の運営が主なテーマでしたが、午後9時5分前にキッカリ終える事が出来ました。ミュージアムの昼間の様子は、まだ見ておりません。これからカフェテラスも出来るようですし、もっともっと来館者が増える様な工夫がなされて行く事でしょう。「てつのくじら館」も新しい展示が増えるようですし、シナジー効果も併せ、大和ミュージアムが、さらにさらにビッグに育って行く事を期待しております。
  2008/04/01(火)

    ■新年度スタート
     今日は11時からジュンセイの先代社長の社葬に、参列致しました。昨年末にお亡くなりになり、密葬を済ませておられたのですが、本日が会社の設立日でもあり、社葬を持って皆様にご案内されたようです。佐々木正純前社長は生命保険会社の支店長という立場をなげうって、不振に陥ったシール印刷の会社の再建に飛び込まれ、見事再生、社名を山陽シールからご自身のお名前(正純)を逆にし、ジュンセイとされました。私が会社を訪問すると、応接室に招き入れ、よく政局のお話を聞かせてもらったものです。常に改善を目指しておられた社業との戦いの経験からか、厳しい政局感を聞かせて頂き、非常に参考になったものです。

     「合力」という言葉・おそらくご自身が編み出された言葉であり、理論だったと思うのですが、全ての事象に「合力」を持って立ち向かえば、必ず前進するといった信念をお持ちでした。その事を小さなカードに印刷し、社員や関係者に配られて、ご自身の理論を広めてもおられました。ご子息が新しい社長として、今日の社葬を取り仕切っておられました。ご冥福と社業のご発展をお祈り致します。

     午後は広島での打ち合わせに参加し、夕刻呉に帰って参りましたが、本日から平成20年度がスタート致しました。揮発油税の暫定税率が期限切れになる等、国会のねじれ現象から波乱の幕開けです。島根県や鳥取県等では公共工事の発注を凍結されたとの報道がありましたが、広島県も財源のめどが立たない以上、同じ道をたどる事になると思います。東ー呉道路も進捗が心配です。後2年でクレアラインも広島東インターで山陽道につながる事になっておりますが、はたして・・・・・。もし遅れる様な事があれば、民主党の代議士連中は、なんと説明されるんでしょうか。マスコミもマスコミです。今回の事態に対するアンケートがあったそうですが、問いの一つにガソリンは・高い方がいいか、・安い方がいいかという2者択一の設問があったそうです。これだけに限れば、誰だって安い方がいいに決まっている。しかし今までの歴史と背景がある。道路特定財源があったればこそ、ここまで日本の道路網の整備が進んで来た。地方は、とりわけ我が呉市は、もう一息高速道路網に組み入れて行きたい。もう少し、設問の設定に対し回答に選択の幅があってもいいんではないでしょうか。こういった時期に、その財源を政局に絡めて来る、こういった民主党のやり方は卑劣であります。日銀総裁問題も政局にしてしまいました。全く困ったものであります。そんな中での年度スタートとなりました。どうも波乱の幕開けの様な気がしております。いろんな事象の中で、背景はどうか、今までのいきさつはどうか、見る角度を変えればどう見えるか、色んな探求をして、真実を見据える努力をしなければなりません。私も今日のスタートの日、気持ちを引き締めて参りたいと思っております。
  2008/03/31(月)

    ■年度末総会シーズン
     今日は11時から呉西部理容組合の総会・懇親会に出席致しました。森沢ホテルです。年度末で各種団体の総会が目白押しです。理容組合は中西会長以下皆さんに本当にお世話になっておりますし、婦人部の方は、灰が峰の登山道清掃を企画しておられるようです。昨日の肉じゃがの会といい、理容組合婦人部の企画といい、皆さんそれぞれに「呉」の為に何が出来るか、真剣に考えて頂いております。有り難い事です。私も少しでもお手伝いできればと思っております。

     午後は2時、3時とお客さんがあり、あちこち走り回っておりました。やはり月曜日は週の始まり、いつもバタバタです。
  2008/03/30(日)

    ■みんな集まれ「肉じゃが感謝祭」
     今日は朝からあいにくの雨です。10時からは「減らそう犯罪!」キャンペーン・・・安全で明るい街づくり・・・と銘打って「肉じゃが感謝祭」が開かれました。場所は天応ポートピアランド、主催は、呉肉じゃがの会と呉警察署管内地域安全協力会です。白バイやパトカー等もやって来て写生大会も開かれましたし、餅つき大会やビンゴゲーム等々、催し物も盛り沢山でした。寺田代議士も雨の中、駆けつけてこられました。1時半からは写生大会参加の子供たちを表彰し、私は役割を終えて次の約束の為、辞去致しましたが、止まない雨が憎らしくもありました。でも「呉肉じゃがの会」発足して10年になるそうです。こうして色んな行事を企画しておられる。呉に元気を注入して頂いている。本当に感謝!感謝!です。
  2008/03/28(金)

    ■みどり会総会
     今日は17時より呉みどり会の総会が開かれました。場所は森沢ホテルでしたが、私は所用のため若干遅れる旨連絡しておりました。本年は役員改選の年にあたり、会長は神田氏から村山氏にバトンタッチされました。懇親会の私のテーブルには広島の花満の和田社長や呉生花市場の槙坪会長等、例年のメンバーがご一緒でした。

     4月19日から始まる第30回の「くれ花とみどりの祭典」は最終回という事になりました。今年のメインテーマは”百花繚乱”〜30年の感謝をこめて〜という事だそうです。今年で最後という事は関係者の皆さん色々な思いがおありの事でしょう。中央公園への出展者も年々減少しているようですし、やむを得ない事情がある事でしょう。でも一つの火が消える。寂しいものです。最終回の今年は、まさにテーマ通り”百花繚乱”みんなで盛り上げたいものです。
  2008/03/26(水)

    ■広島県選挙管理委員会
     今日は、久し振りに広島県庁に出向きました。19年度の政治資金収支報告書を提出する為です。平成2年に資金管理団体を届け出てから18回目の報告書提出となります。来年からは、経常経費の内訳も提出する事になるんだそうですが、私の方は友人の経理士が、領収書も1円から全て整理し、貸借対照表も毎年作成してくれているので、いつも完璧です。県選管にチェックして頂きましたが、即座にOKが出ました。すぐさま呉に取って返し、14時からは「建国記念日を祝う呉市民の会」の大之木会長と打ち合わせです。大之木会長も午前中は広島だったそうです。護国神社の責任役員会に出席されたんだそうです。本当にお元気そのものです。その後、海軍墓地顕彰保存会の事務所と、寺田事務所をまわって所用を済ませ、私の事務所に戻って参りました。

     夕刻は95歳でお亡くなりになった森元歳さんを弔問致しました。森さんは私の義父と小学校の同期で、大変お世話になっておりました。私が学生時代、体育の授業で卓球をとったのですが、大学の指導教官の野村先生が「竹川さん、呉なら森元歳さんをご存知ですか、よく一緒に練習したんですよ。」と言われた事を後日、森さんに報告した事があります。それに何代か前の呉地方総監・加藤海将が、鯉がお好きだとおっしゃるので、森さんのお家の池に泳ぐ見事な鯉を見せてもらいに、ご案内した事があります。また「福の会」での思い出、等等・・・・・色々とお話をさせて頂きました。早くに奥様を亡くされ、さぞご不自由だった事でしょう。明日の通夜、あさってのお葬式、共に出張で参席できません。御霊前にお詫び申し上げ、辞去致しましたが、本当に安らかなお顔でした。

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