こちらでは、私 竹川和登が出会い、目にしたもの感じたことを直感的に書き綴っています。 |
| 2008/04/30(水) |
3月から今日まで、一体どんな事があったんでしょうか。参議院では野党が過半数を占めております。衆議院から送られて来た法案は速やかに審議採決されれば良いものを、なぜか今日まで採決もせず棚ざらしにする。この財源不足の中で税収のカットのみを行い、対案を出さない、しかも議論をしない、こんなことが責任ある政党の態度と言えるでしょうか。あえて棚ざらしにして、衆議院で再議決させ、自民党の横暴ぶりを喧伝しようとの魂胆、ミエミエです。 また本日、衆議院で取られた民主党の態度はどういう事でしょうか。河野衆議院議長の議場への入室を実力で阻止すべく応接室を占拠、もみ合いを演じておられました。議場で堂々と反対討論でもなさるかと思えば、欠席。街頭で自民党の横暴ぶりを予定通り喧伝しておられました。多数を持つ参議院では法案の棚ざらし、少数の衆議院では採決に欠席、こんなことが責任ある国会議員のとるべき態度と言えるでしょうか。 ガソリンの値段が高くなるのは、誰でも嫌に決まっております。今日の再議決で、自民党や福田内閣に対する支持は一段と厳しいものになるでしょう。それでも財政の混乱を回避しなければならない。与党は国民に甘い事だけをささやくのではなく、全体を大きく見渡し、責任ある行動をとったと見るべきではないでしょうか。これから国会は5月12日頃、もう一荒れ来ると思いますが、問題の背景をしっかりと見据え、自らも深く考える態度を養って行きたいものだと思っております。 |
| 2008/04/28(月) |
夜は広島のホテルで開かれた溝手参議院議員を励ます会に出席致しました。古賀誠選挙対策委員長が、山口補選の惨敗で誠にタイミングが悪いんですが、と挨拶され、30日には粛々と暫定税率の再議決をやりますと明言されておりました。久し振りに児玉広島市議会副議長や蔵田東広島市長など、かつて一緒によく上京した自民党青年部のメンバーとも会う事が出来、かつ東京での国会の動き等、色々と詳しい情報も聞け、有意義な参加となりました。これから4月30日の午後、5月12、13日頃の再議決、ひとつのヤマ場を注視してゆきたいと思っております。 |
| 2008/04/27(日) |
夕刻はこちらも久し振り、ひばりケ丘の仲間10名と飲み会です。皆で第2公園の前に集まってTAXでの呉行きです。いつもの決まったお店でいつもの席に座り、皆でワイワイガヤガヤ。お店の用意してくれたお寿司や魚、タケノコの煮付けに豚汁、それはそれはおいしい料理に舌鼓を打ちながらの楽しいひと時です。カラオケも一人2曲ずつ、あっと言う間の3時間でした。中型TAX2台に5人ずつ分乗しひばりケ丘に帰って参りました。本当に気の置けない仲間の人達です。 |
| 2008/04/26(土) |
高台はスポーツ公園になっておりました。その奥側が圓鍔記念公園になっており、その中に緑色の屋根の記念館が建っております。玄関を入って驚いたのは、大変大きな人物像です。東武鉄道の根津さん、東洋工業の松田さん、福山通運の渋谷さんのお三方の巨像でした。タヒチの浜辺の風景から、東西の宗教家が何やら教典をもって語り合っている姿、キタキツネ物語、今まさに春に萌え出た「わらび」等等、それはそれは小さな作品から、大きな作品まで、本当に多岐のジャンルにわたっての作品群に圧倒されました。来て良かったと思います。90歳頃の作品もあったと思います。すごい方です。館の外に出てみると風が少しきついようでしたが、御調の街が一望できます。芝生の丘には大きなブロンズ像がおかれております。素晴らしいロケーションです。今、御調町は尾道市ですが、尾道には沢山の美術館があります。少しずつ計画を立てて、全てまわってみたいものです。またあらためて呉駅前の氏の作品をじっくり見てみようと思っております。 |
| 2008/04/25(金) |
午後は2時から友人の弁護士事務所で打ち合わせが入っておりましたので、少し時間調整をしてそちらに出かけましたが、それも4時頃には終わり、久し振りに大洲方面を通ってみました。大洲橋あたりは北に向かって大きな橋脚が立ち並んでおります。2号線の淵崎のマツダの工場の方面からも工事がどんどん進んで来ているようでした。後一、二年、クレアラインも山陽道につながる事でしょう。国会のねじれの問題から、これが遅れる様な事があってはなりません。しっかりと見据えて行きたいものです。 |
| 2008/04/23(水) |
繁田先生のご実家が私と同じ団地のひばりケ丘なので、検査中も色んな話をしながらの検査となりました。今日、退院の日の朝、ドアをノックされるので、ハイと返事をしますと、「院長の佐治ですが、ご機嫌はいかがですか。」と佐治院長が顔を出されました。恐縮してお世話になりますと返事を致しましたが、国立、国立と私たちは言っておりますが、独立行政法人になって、経営はなかなか大変なようです。広く中四国の中で基幹病院としてのフラッグを掲げる「国立」が、ここ呉市に有る、その事を私たちは大変有り難い事だと思っております。本当に医療の面では呉市は恵まれております。医療行政は「後期高齢者医療制度」の問題やジェネリック薬品の問題、医療と介護、本当に問題が山積しております。しっかりと現状を認識し、この呉市内の医療体制が崩れないよう皆で支えて行かねばなりません。そんな事を考えた三日間となりました。 |
| 2008/04/20(日) |
今日は、韓国の李明博大統領が来日されました。中断していたシャトル外交の再開です。前の大統領の時のギクシャクしていた日韓関係は、急角度で改善されるものと思います。世界の3極の大きな一角を成すアジア地域での我国の役割は重要です。その為には我国と韓国の連携、連帯が大変重要だと思っております。明日からの首脳会談、大変期待しております。 夕刻は、熊野から押込の団地に引っ越してこられた友人の家を訪ねました。ほぼ引っ越しは完了されておりましたが、立派なお家です。落ち着いたら、一緒に九州旅行をする事をお約束しております。友人のOさんは奥様も本人も九州の方なんです。私を素晴らしい九州に連れて行ってやろうという事です。久し振りにあの雄大な「やまなみ」をドライブしたいものです。 |
| 2008/04/17(木) |
午後3時からはベンダ工業の会長、社長の就任祝賀パーテーです。大変多くの方がまさに世界のあちこちから駆けつけておられました。アルゼンチンやメキシコの取引先、本当に多彩です。ベンダの北米事務所長のジエーソン・ハープリン氏とは片言の英語でお話し致しましたが,私が場所を訪ねたら、ビトウイン シカゴ アンド デトロイト とネイテイブに答えられました。五大湖のそばだそうです。私が、もたもたした英語でしゃべっていると、そばに美人のお嬢さんが来て、流暢な英語で通訳して下さいました。現地の事務所の秘書の方だとばかり思っていましたら、今度の八代一成社長の妹さんで業務部長をしておられる八代宏子さんでした。どうも英語はぺらぺら、韓国語、中国語も堪能なようです。ベンダの海外戦略には欠かせない人材だそうです。 ベンダの総生産量の50%強を受け持つ(ちなみに日本の本社は25%の生産量)韓国・仁川のベンダ鮮光工業の金社長も当然お見えで、久し振りの再会「オレガマニムニダ」と挨拶致しました。現在世界第2位だそうですが、中国・塩城工場等がフル稼働し、インドの動き等が本格化すれば早晩、世界のトップ企業に躍り出る事でしょう。私と同じテーブルには広銀の角廣頭取がおられましたが、同じ早稲田の法学部出身、お年は昭和19年、ただし1月ですからひとつ先輩ですが。刑法の斉藤金作教授、民法の外岡茂十郎教授等等、懐かしいお名前を出しての会話となりました。祝辞では広銀のトモロウクラブでの八代一成氏の落ち着いた態度、言動を評価しておられたようですし、今回の社長交代の決断を本当に喜んでおられるようでした。三建といいベンダといい韓国、中国での事業展開は目を見張るものがあります。ベンダとは先先代の社長さんからの付き合いですし、私も嬉しくなります。増々の発展にエールを送ります。新社長の挨拶にもありましたが、発展を持続するのは「常に危機感を持ち、コア技術に磨きをかける」このことに尽きるのではないかと思っております。素晴らしい新社長の誕生でした。 |
| 2008/04/16(水) |
それにしても、お葬式がここのところ大変多くなっております。毎日ではありませんが連日といった感じです。お年の方もおられますが、先日は宮原高校の後輩の葬儀でした。季節の変わり目にどうも多い様な気が致しております。自戒して参りたいと思っております。 |
| 2008/04/13(日) |
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| 2008/04/12(土) |
記念講演は、宇宙航空研究開発機構から若松武史主事に来て頂き、国際宇宙ステーションに組み込まれた「きぼう」を中心に、映像を使って子供たちに解りやすくお話しいただきました。12時からは宮原高校の後輩のM君の葬儀に出かけ、その後JAXAの若松さんを総監部から昭和通り経由で音戸の瀬戸公園までご案内し、空港行きのバス停までお連れ致しました。本来なら飛行場までお連れしなければならないのですが、ご遠慮され、若干の観光案内とさせていただきました。でも多くの潜水艦を目の当たりにされたときは、大変喜んでおられました。呉は初めてだったそうですが、また何時の日にか我々のカリキュラムの応援に、来呉願いたいものです。 夜はひばりケ丘自治会の総会に出席して、今日の行事を全て終える事が出来ました。自治会もお世話いただく班長も決まり、年間の行事日程もほぼ決定致しました。我が家も今年度は第5班の班長を仰せつかりました。 |
| 2008/04/09(水) |
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| 2008/04/08(火) |
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| 2008/04/06(日) |
夜はソフトテニス呉百歳会の総会です。こちらも決算、予算、事業計画等が承認され、役員は加藤会長以下全員が留任となりました。2年間、現体制で運営して行く事が決定致しました。私も引き続き顧問として執行部に関わる事になりましたが、練習がままなりません。もう少しコートに出る様に頑張ってみたいと思います。 三次市長選、安芸高田市長選とも即日開票ですが、三次は現職の吉岡さんが破れてしまいました。大学の同窓ですし、遠くからではありますが頑張ってほしいと思っていたのに残念です。安芸高田も市議出身の熊高さんを応援していたのですが、こちらも負けてしまいました。やはり選挙は最後まで解りませんし、毎日毎日の積み重ねが、最後の地力となって跳ね返ってくるんでしょう。ずっと手を抜かず、積み重ねて行かねばなりません。今日は色んな事を反省し教訓としながら、このコラムを書く事になりました。 |
| 2008/04/03(木) |
所用を色々済ませて、夕刻からは呉に転勤して来た友人と食事、午後7時からは、YAC呉やまと分団のリーダー会議に出席です。場所は大和ミュージアム4階、2日前から運営が指定管理者にゆだねられたミュージアムに初めて入りました。聞けば指定管理になってから、無駄を省く色んな努力がなされているようです。何事もダラダラは許されないようです。我々の会議も9時までにはピシッと終わる様に、むだな電力を使わない様に、運営されて行きました。会議は新年度の開講式の運営が主なテーマでしたが、午後9時5分前にキッカリ終える事が出来ました。ミュージアムの昼間の様子は、まだ見ておりません。これからカフェテラスも出来るようですし、もっともっと来館者が増える様な工夫がなされて行く事でしょう。「てつのくじら館」も新しい展示が増えるようですし、シナジー効果も併せ、大和ミュージアムが、さらにさらにビッグに育って行く事を期待しております。 |
| 2008/04/01(火) |
「合力」という言葉・おそらくご自身が編み出された言葉であり、理論だったと思うのですが、全ての事象に「合力」を持って立ち向かえば、必ず前進するといった信念をお持ちでした。その事を小さなカードに印刷し、社員や関係者に配られて、ご自身の理論を広めてもおられました。ご子息が新しい社長として、今日の社葬を取り仕切っておられました。ご冥福と社業のご発展をお祈り致します。 午後は広島での打ち合わせに参加し、夕刻呉に帰って参りましたが、本日から平成20年度がスタート致しました。揮発油税の暫定税率が期限切れになる等、国会のねじれ現象から波乱の幕開けです。島根県や鳥取県等では公共工事の発注を凍結されたとの報道がありましたが、広島県も財源のめどが立たない以上、同じ道をたどる事になると思います。東ー呉道路も進捗が心配です。後2年でクレアラインも広島東インターで山陽道につながる事になっておりますが、はたして・・・・・。もし遅れる様な事があれば、民主党の代議士連中は、なんと説明されるんでしょうか。マスコミもマスコミです。今回の事態に対するアンケートがあったそうですが、問いの一つにガソリンは・高い方がいいか、・安い方がいいかという2者択一の設問があったそうです。これだけに限れば、誰だって安い方がいいに決まっている。しかし今までの歴史と背景がある。道路特定財源があったればこそ、ここまで日本の道路網の整備が進んで来た。地方は、とりわけ我が呉市は、もう一息高速道路網に組み入れて行きたい。もう少し、設問の設定に対し回答に選択の幅があってもいいんではないでしょうか。こういった時期に、その財源を政局に絡めて来る、こういった民主党のやり方は卑劣であります。日銀総裁問題も政局にしてしまいました。全く困ったものであります。そんな中での年度スタートとなりました。どうも波乱の幕開けの様な気がしております。いろんな事象の中で、背景はどうか、今までのいきさつはどうか、見る角度を変えればどう見えるか、色んな探求をして、真実を見据える努力をしなければなりません。私も今日のスタートの日、気持ちを引き締めて参りたいと思っております。 |
| 2008/03/31(月) |
午後は2時、3時とお客さんがあり、あちこち走り回っておりました。やはり月曜日は週の始まり、いつもバタバタです。 |
| 2008/03/30(日) |
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| 2008/03/28(金) |
4月19日から始まる第30回の「くれ花とみどりの祭典」は最終回という事になりました。今年のメインテーマは”百花繚乱”〜30年の感謝をこめて〜という事だそうです。今年で最後という事は関係者の皆さん色々な思いがおありの事でしょう。中央公園への出展者も年々減少しているようですし、やむを得ない事情がある事でしょう。でも一つの火が消える。寂しいものです。最終回の今年は、まさにテーマ通り”百花繚乱”みんなで盛り上げたいものです。 |
| 2008/03/26(水) |
夕刻は95歳でお亡くなりになった森元歳さんを弔問致しました。森さんは私の義父と小学校の同期で、大変お世話になっておりました。私が学生時代、体育の授業で卓球をとったのですが、大学の指導教官の野村先生が「竹川さん、呉なら森元歳さんをご存知ですか、よく一緒に練習したんですよ。」と言われた事を後日、森さんに報告した事があります。それに何代か前の呉地方総監・加藤海将が、鯉がお好きだとおっしゃるので、森さんのお家の池に泳ぐ見事な鯉を見せてもらいに、ご案内した事があります。また「福の会」での思い出、等等・・・・・色々とお話をさせて頂きました。早くに奥様を亡くされ、さぞご不自由だった事でしょう。明日の通夜、あさってのお葬式、共に出張で参席できません。御霊前にお詫び申し上げ、辞去致しましたが、本当に安らかなお顔でした。 |