コラム

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こちらでは、私 竹川和登が出会い、目にしたもの感じたことを直感的に書き綴っています。
  2007/06/29(金)

    ■大詰めの国会
     今日は参議院の本会議で社保庁改革関連法案や公務員制度改革関連法案等の採決をめぐって大詰めの段階を迎えました。野党は内閣不信任決議案や柳沢厚生労働相の問責決議案を連発、抵抗を試みました。公務員法案は内閣委員会での採決を省略して本会議で可決する中間報告方式での決着です。こういったやり方もあるんですね。いずれにしても本日が山場でした。いよいよ待った無しの参議院選挙に突入です。私は自民党員です。自民党のやり方が全てよいとは思いませんが、ならばこの日本を任せるに足る政党があるのか、私は野党・民主党の党首の動きや幹部の言動を注視してみても、とても任せる訳にはいかないと思っております。比較すれば当然、自民党に舵を取って貰う他無いというのが私の結論です。広島県の各立候補予定者も走り出しておられます。いよいよ、これから暑い夏の陣が始まります。私も党員として努力して参ります。

     我が家に初めて今朝、オーシャンブルーの花が一輪咲きました。ケープタウンブルーとも言うそうですが、いわゆる宿根アサガオです。あざやかなブルーで、夕刻にはすこし紫がかっておりました。普通のアサガオよりも長い時期咲き続けて、さらには房状に多くの花をつけるそうです。もらって来た苗を植えていたのですが、やっと第一号が開花しました。これから、たわわに花が開いてくれるといいんですが。大切に育てたいと思っております。
  2007/06/28(木)

    ■宮澤喜一元総理逝く
     今日の午後広島で会議に出ていた時、電話が入り宮沢元総理が亡くなったとの報が入りました。池田勇人総理の秘書をされていた方々も次々と亡くなられ、サンフランシスコ講和会議当時に立ち会った政治家も、ほとんどおられなくなったようです。私は宮沢元総理が官邸の主だった頃、自民党広島県青年議員連盟のメンバーとして官邸を訪問した時の事を思い起こしております。英語が堪能でハト派の立場を堅持された能吏の印象が強いんですが、同和教育の問題が国会(参議院)で審議された時、質問の矛先が担当の有馬文部大臣から時の大蔵大臣・宮沢さんに向かい「あなたの選挙区で起きた問題です(校長の自殺問題)どう思われますか」といった展開になりました。これに対し時の宮沢大蔵大臣は「この問題はタブー視されていた。私は信念とは裏腹に何ら行動しなかった。この問題に敢然と立ち向かったのは共産党である。忸怩たる思いである。」といった趣旨の発言をされました。早速参議院での議事録を取り寄せて読んでみましたが、その際のやり取りがよくわかります。議事録は今も手元にありますが、正直に言われたのだと思います。色んな思いがありますが、今日の午後チョット休むといわれ、そのまま逝かれた、まさに老衰での大往生という事でしょう。本当に長い間ご苦労様でした。
  2007/06/25(月)

    ■竹和会祝賀会
     今日は6月定例会の二日目です。4人の方の代表質問が行われました。夕刻からは森沢ホテルで私の後援会「竹和会」の祝賀会が開かれました。4月の統一地方選挙で5回目の当選を果たした私のお祝の会をやってやろうという事で開かれた訳です。多くの方に集まって頂きたいのですが、例年夏と年末にビールを飲む会をやっておりますが、その時のメンバーを中心にお声掛け致しました。約80名程の集まりでしたが、豊田後援会長を中心に本当に楽しい会になりました。中締めの後は恒例の「くろしお」での2次会です。こちらではカラオケのオンパレード。夜のふけるのを忘れる楽しい時間を、仲間とともに過ごさせて頂きました。

     国会の方は今日一日空転したようです。延長された国会、主戦場は参議院に移っておりますが、野党の審議拒否で審議がはかどりません。刻々と参議院選挙の日程は近づいております。今週の金曜日29日が今国会の大きなヤマ場になりそうです。それにしても町中で立候補予定者の姿を時折見かけます。今回は本当に多くの人が立候補されるようです。年金の問題が連日大きく報道されております。憲法改正問題も争点に浮上してくる事でしょう。判断基準は多岐にわたりますが、じゃあ今の難局を乗り切ってゆく人材をどの党が抱えているのか、まかすに足る政党はどこなのか。議院内閣制である以上、そこのところをしっかり考えなくてはなりません。大変な判断を求められる選挙の準備が着々と進んでおります。自民党の大きな広報版も本日、本通4丁目の平岡時計店の向かい側、寺田事務所のビルの壁面に取り付けられました。ここが溝手顕正候補の呉での拠点となります。自民党員である私も、議席を守る為に出来る限りの努力をするつもりです。
  2007/06/24(日)

    ■義兄の1周忌法要
     昨日の好天気とはうってかわって、今日は雨が降っております。愛車を駆って山口県の周南市鹿野まで行って参りました。昨年亡くなった義兄の1周忌法要です。行きは廿日市インターから山陽道を走って熊毛インターで下りて、山道を通り、鶴で有名な八代町、徳山カントリーのある龍門寺を右手に見ながらのドライブでした。雨に濡れたあじさいの花がひときわ美しく咲き誇っておりました。鹿野の姉の家についたのが午前10時、11時からの法要までの時間を少しゆっくりと過ごしました。海軍に籍を置き、終戦後は田舎に引きこもっての役場勤め、義弟の私をよく招いてくれ、錦川の上流にハヤ釣りに連れて行ってくれた夕暮れ時、漢陽寺の散策などなどが走馬灯の様に思い起こされます。甥や姪がいますが、皆、徳山市内在住です。鹿野には年老いた姉一人です。自然豊かなところです。私も小学校、中学校の夏休みには、避暑地としてよく泊まりに行ったものです。色んな思い出が沢山詰まっている鹿野町です。

     帰りは鹿野インターから中国道に乗り一路広島を目指しました。途中六日市辺りでしょうか霧の為、前が見えないところが少しありましたが、なんとか無事に帰って参りました。雨のドライブ、往復で約350キロの一人旅でした。

  2007/06/23(土)

    ■梅雨の晴れ間の水交会ゴルフコンペ
     昨夜来、降っていた雨も上がり、梅雨の最中とは思えない上天気です。久しぶりの瀬野川カントリークラブ、水交会のゴルフコンペに参加して参りました。OUT・INとも7組ずつ合計14組のコンペでしたが、私はOUTの一番スタート。大之木会長や呉監の昌子管理部長と一緒に廻らせて頂きました。短いパットを2回ばかり外したのが悔やまれますが、今日は調子が良くて午前中は43点、午後は41点の合計84点でした。INの一番で回られた半田総監が午前中39、午後から47、合計86点で廻ってこられハンデイ17、ネットで69で優勝です。2位は94点、ハンデイ25、ネット69の乳井防衛部長です。同点ながらハンデイ差での2位です。私はグロスでは同率3位につけましたが、何回か優勝しているのでハンデイが8になっており21位でした。でもほとんどの人が午後スコアを崩しておられる中、私は43から41と良くなりました。太陽のギラギラ照りつける中、ちゃんと学習効果を発揮しての結果に、密かに満足しております。ミーテイングもそこそこに呉に取って返し、無くなられた吉本元市議会議員の通夜に参列させて頂きました。吉本先生は公明党ですが私の前任の副議長をしておられました。色々と仲良くして頂いたものです。つい先日お会いしたのですが、こんなに早く逝ってしまわれるとは、本当に解らないものです。これを無情と言うんでしょうか。ご冥福をお祈り致します。

     18時30分からは防衛広報紙「うるめ」の発刊400号記念祝賀会に出席致しました。総監、防衛部長、大之木英雄様など今日のゴルフコンペの面々もこちらに移動です。私も祝辞を述べろという事で演壇に立たせて頂きましたが、本当に400号というのは大変な事です。新聞社には取材を行う記者がおります。編集局もあれば、印刷局もあります。もちろん広告局もありますし、出来た新聞を売って来る販売局もあるでしょう。「うるめ」では現在の編集長宮川様で3代目ですが、これらの仕事をほぼお一人でこなしておられます。もちろん仲間の方が多いに協力しておられるのは承知しておりますが、宮川様は発行日が近づくにつれて胃が痛くなる様な毎月を送っておられるのではないでしょうか。もし発行出来ない月があったとしたら、責めを負うのは宮川様なのです。責任者とは辛いものです。資金面の裏付けがある訳ではありません。広告も取って歩かなくてはなりません。頭が下がります。何か協力したい気持ちになったのは私一人でしょうか。防衛と市民を結ぶ在野のメデイアとして500号、1000号と育ってゆくことをご祈念申し上げます。
  2007/06/22(金)

    ■6月定例会始まる
     今日から6月定例会です。初日は会派の代表質問が二人でしたが、そのうちの一人が我が会派の谷本議員です。なかなかの質問だったと思います。財政的に現在の呉市の現状を浮き彫りにして全員が一致して乗り切って行こうという極めて建設的な質問でした。自らの支持者、もとより呉市民ですが、その方達にも負担を受け持ってもらうという考え方で、彼は自らの支持基盤を失っても大局を健全な方向に持って行こうとする姿勢を常に持ち続けております。なかなか出来る話ではありません。

     代表質問に先立って表彰を受けられた得田議員の謝辞がありましたが、その中で彼は20年の議員生活の中、傍観者的であり、自らの議員としての地位を守ろうとするあまり、議員のあるべき姿勢に欠如していたのではないか、本当にあるべき議員の姿はどこにあるのか、自戒していると行った趣旨のお話がありました。我が会派の谷本議員の姿勢とダブらせて聞いておりましたが、本当に我を捨てて全体の為に議員として本分を全うするなんて事は至難の業です。いかに辛くても、いかに難しくても、私もその方向を目指してゆきたいと思っております。

     谷本議員の質問に対する答弁については、我が会派でも色々と議論がありました。あの谷本議員が再質問を控えた事は事実であります。議員、理事者ともに緊張感を持って呉市の未来が開けるよう真摯に議論をしてゆかなければと、自戒もしております。考えさせられる今日一日でした。

     
  2007/06/16(土)

    ■お見舞い
     今日は同級生のK君を見舞う為に医師会病院に出向きました。数日前に手術をしたとの事を聞いていたので、ぼつぼついいだろうと思って出かけた訳ですが、エレベーターのドアを開けたところで、やはり同級生の東田、小武家両君にバッタリ。私と入れ替わりでした。本人は術後の経過もよろしいんでしょう、いたって元気の様なので安心いたしました。彼とは大学も一緒ですし、ひょうひょうとしてはいましたが、やはり私たちは歳なんでしょうか。体のあちこちにガタが来つつあるようです。でもつくづく思うのは小・中学校、高等学校でのスポーツ、これをしっかりやっておく事、適当にやるのではだめです。必死でやる事、これが体を作ってくれます。強靭な体を作ってくれます。腕力や基礎体力を作ってくれます。私は軟式テニスに明け暮れておりましたし、いまでも時々やっております。ヘタクソではありますが、この小・中学校、高校時代に暑い日も寒い日もラケットを振り回したその事が、踏ん張りのきく体を作ってくれたのだと思っております。

     午後は広大の大学病院の9階にやはり友人のF君を見舞いに出かけました。こちらは2回目の訪問です。彼も医者が驚く程の元気ぶりです。これが病人かと思うばかりですが、医者のいう事はキッチリ聞かなければなりません。私も来月には63になりますが、これからは少々の無理はさておき、無茶はやめようと思います。踏ん張る時は踏ん張る、やらねばならない事は時間を惜しんでもヤル。しかし無茶苦茶な事だけはやらない。なかなか判断基準が難しいようですが、そのようにやってゆきたいと思っております。今日は友人お二人の見舞いに行って参りました。
  2007/06/15(金)

    ■自治体財政健全化法成立
     朝、目が覚めたのは銀座キャピタルホテルの10階、禁煙のフロアーでした。さすがに東日本、広島より夜明けが早く感じられます。雨は上がっておりました。チェックアウトを済ませ羽田に向かいました。午後からの広島での会議に出るべく、午前中のJAL便に乗る為です。昨日はANA便でしたので第2ターミナルに到着致しましたが、今日はJAL便なので第1ターミナルです。今朝は天気がよく快適なフライトでした。広島での会議を済ませ、午後4時からは呉で会派のミーテイングです。今日の予定を全てこなし家路についたのは午後11時。

     今日もニュースが飛び交っておりました。自治体の財政健全化法が参議院本会議で可決、成立致しました。かつて塩川財務大臣が「母屋ではすき焼きを食べているが、離れではおかゆをすすっている」と揶揄されましたが、今次の健全化法成立は、まさに自治体の全ての会計を連結し、隠れた赤字を浮き彫りにして、早く危険予知をしてゆこうとするものです。四つの新たな指標を設けておられるようですが、1年以内に施行されるようです。これも夕張効果なんでしょうか。現行の地方財政再建促進特別措置法では、財政再建団体入りを判断する指標は、単年度の標準的な収入に占める赤字額の比率である「実質赤字比率」だけになっています。一時借入金などで赤字の穴埋めをしていた夕張市の財政破綻の発覚が遅れた反省をふまえたもののようです。

     猪瀬直樹氏を東京都の副知事に打診とのニュースも有りました。猪瀬氏は小泉内閣時代には道路公団民営化推進委員会の委員として活躍されましたし、現在は政府税調の委員として積極的に発言されております。とりわけ呉市には「大和を語る会」で何度かお越しいただいております。その発言はぶれないというか、何者をも恐れないというか、まっすぐなものです。まさに直言というべきでしょう。都議会で承認され、ご活躍される事を念じております。その他、公明党の福本副幹事長が離党、他党からの立候補を模索しておられるとのニュースも飛び込んで参りました。公明党にあっては前代未聞の事でしょう。国会の会期延長問題も取りざたされております。延長幅によっては参議院の投票日もずれ込む事になるでしょう。国会終盤に来て、与野党の駆け引きもあるようです。来週には延長幅も決まってくるようですが、いずれにしても目が離せません。
  2007/06/14(木)

    ■雨の広島空港と羽田空港
     今日は午前中の委員会を終えて広島空港へ向かいました。大粒の雨が降っておりました。JALもANAも仙台や東京からの便が予定時間になっても、到着しておりません。アナウンスは「現在、全ての搭乗手続きを中止しております。使用する機材が到着しない場合は、この便は欠航となります。」という非情なものでした。雨はどんどん降っておりましたし、天候調査の時間も、どんどん延びて行きます。東京方面も本日梅雨入りしたようです。東広島駅に出て新幹線という事も考えましたが、向こうからの便が下りてくれさえすれば飛ぶのは間違いないだろうと考え、しばし待つ事にしました。しばらくすると「遅れていた仙台便がただいま到着致しました。」のアナウンス。この分なら大丈夫、本を読んで待っていますと、東京からの飛行機も到着のアナウンスが流れました。ヤレヤレです。すぐ再開された搭乗手続きをして飛行機に乗り込みましたが、定時に遅れる事、約1時間チョット。羽田に着いた時も雨でした。

     約束のミーテイング会場に着いたのは、本当にギリギリ、でも滑り込みセーフでした。楽しい会食をすませてホテルに送ってもらったのは午後10時頃でした。まだ雨が降っております。ホテルは築地にある銀座キャピタルホテル本館。はとバスが運営しているこじんまりとした都心とは思えない程、静かなホテルです。バタバタとした一日も終わりました。広島空港にもCAT-IIIaの管制システムが導入されると聞いております。完成すればこんなバタバタ劇は無くなる事でしょう。早い完成が待たれます。
  2007/06/13(水)

    ■社団法人・瀬戸内海小型船安全協会平成19年度第1回理事会・総会
     今日は13時から6管本部のある宇品の港湾合同庁舎2階で(社)瀬戸内海小型船安全協会の本年度第1回理事会と引き続き総会が開かれました。議案は4本で・18年度事業報告並びに収支決算・19年度の事業計画と収支予算案・役員改選・(財)日本船舶振興会への助成金申請の件でした。私は監事として18年度決算の監査報告を致しましたが、理事会、総会とも承認され、一応役割を果たす事が出来ました。3号議案の役員改選では、理事は18名ですが山口県内海地区代表の方と香川県地区代表の方が交替・新任となられました。監事は私と(社)中国船舶職員養成協会の上椙(うえすぎ)理事長の2名が選任されました。もうしばらく海の安全の仕事を頑張ってやれという事です。来賓には第6管区海上保安本部の錦郡満本部長以下9名の幹部もお見えになっておりましたが、何しろ陸の自動車のごとくオーナーや車庫証明での所在確認の様に海でのプレジャーボートや水上スキーは、なかなか所在の捕捉が難しく、色んな連絡、啓蒙活動が大変困難です。昨年度は瀬戸内海・宇和海での海難事故は441隻が関係しており、そのうち約40%がプレジャーボート、しかもその約80%はヒューマンエラーに起因するものでした。困難は有りますが今日の会議では、地道に海難事故撲滅にどう取り組むか、本当に真剣に討議されました。16時までの予定でしたが終わったのは16時半を廻っておりました。

     その後、広大の大学病院に友人を見舞ってから呉に引き返し、18時30分からのYY倶楽部月例会に出席致しました。こちらは本当に気の置けないメンバーでの楽しい例会です。広島からも2名参加されて文字通りワイワイガヤガヤあっという間の2時間半でした。事務所に帰り、残った仕事を片付けておりましたら既に23時過ぎ、明日もスケジュールがタイトなので草々に切り上げましたが、1日が30時間くらい有ったらいいなというのは無理な願いでしょうか。
  2007/06/12(火)

    ■釜山からの客人と周(あまね)での昼食
     今日は釜山から釜山韓日親善協会の会長で再海病院の院長をしておられる李博士と慶星大学の金教授が、私を尋ねてこられました。大和ミュージアムが見たいという事で連絡をしておりましたが、終わったので食事をしましょうという事です。久しぶりに周(あまね)を予約致しましたので、早速出かけて呉の感想を聞きながら、広島からお越しの日韓親善協会のお二人を交えて5人で食事を致しました。

     驚いた事に李博士は大和ミュージアムを訪れるのは今回で三度目だそうです。呉市内の人でもまだ行った事がないという方がおられる中で、本当に驚きです。有り難いリピーターのお一人です。金教授もご子息は早稲田に行かせているとの事で、本当に和やかにお昼ご飯を食べながら色んな話をしました。最近の日韓関係、中国の台頭、釜山の街の近頃、本当に色々な楽しいお話でした。久しぶりの「あまね」でしたが、いつもながら素晴らしい味です。韓国からのお二人から魚料理を食べたいと所望されましたので「あまね」にした訳ですが、本当に喜んで頂けて嬉しく思っております。2時頃、広島に向けて帰られましたが、その後、広島県日韓親善協会の玉木専務理事からお礼の電話が入りました。「釜山からのゲストお二人が非常に喜んでおられた、感謝致します。」というものでした。藤田知事と共に昨晩の日韓親善協会の40周年記念総会・「会員の夕べ」のメインゲストでしたから、私も日韓親善に一役買えたのかなといったところで嬉しくなりました。
  2007/06/11(月)

    ■広島県日韓親善協会年次総会
     今日は16時半から広島のリーガロイヤルホテルにおいて2007年度の日韓親善協会理事会、総会、講演会、会員の夕べ、が開かれました。議事事項は形通りの決算、予算等でしたが、すべて承認され役員改選は金井会長の留任が決定致しました。私も理事をそのまま続ける事となりました。今年は当協会が設立され40周年の節目の年であります。韓国総領事館が広島に開設されて10年目でもあります。本日の特別講演は著名なオペラ歌手・田月仙(チョン・ウオルソン)さんです。小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞された「海峡のアリア」と私の半生と題された講演でしたが、肉親が南北に引き裂かれたご自身の体験を語られた壮絶なものでした。おりしも6カ国協議の停滞や金正日主席の健康上のニュースが飛び交っている中、興味深く聞かせて頂きました。質疑応答等も有りましたが、何よりは「会員の夕べ」において、その歌姫ぶりを聞かせて頂いた事でした。

     今、呉市は鎮海市と姉妹縁組みを結び、他の都市に比べ本当に誇れる交流を進めております。この事は広島県の日韓親善協会の役員の方々が広く認めて下さり、賞賛して頂いております。本当に有りがたく、また嬉しくも思っております。今年の理事留任を機に、さらに努力を続けなければと思っております。
  2007/06/04(月)

    ■大学生
     来春、大阪市立大学を卒業予定のO君と20時過ぎに会いました。なかなかの好青年です。宮原高校の後輩でもあり、私の知人の紹介でもあります。ぜひ私の勤めていた三建産業に入ってもらいたいと思い、勧誘もし、試験の特訓もいたしました。といっても心構えと立ち振る舞いについて、若干アドバイスしただけなんですが。明後日、面接が行われることになっており、さらに何回か呼び出しがあるようです。大阪からその度に、帰ってこなければなりませんが、一生のことなので仕方はないでしょう。有能な人材がたくさん集まって、かつての古巣が隆々と発展することを願っております。中国での現地会社も、なかなかの業績のようです。現地に塩本君が責任者として駐在している間にぜひ行ってこようと思っております。フレッシュマンのO君に会って、私もリフレッシュしたような気持ちになりました。
  2007/06/02(土)

    ■福岡での結婚式
     今日は博多である石村乃介(いしむらだいすけ)君の結婚式に出かけました。石村君は私の同級生、石村秀己氏のご長男です。大変人柄のよい秀才です。東京工大の大学院を出て三菱電機に入ったんですが中国のプロジェクトを担当するべく福岡勤務となった訳です。私のテーブルは会社の仲間、上司の方たちが沢山おられ、その間の事情は色々とお聞かせいただきました。福岡に必要な人材として呼ばれた時の事、福岡転勤直後、中国・大連に長期出張した時の話、・・・・・です。お相手の聡子さんは九州日本電気ソフトウエア株式会社ソリューション事業部にお勤めでした。乃介君の職場が三菱電機インフォーメイションシステム事業推進本部システム第1部ソリューション技術第1課ですから、なんだか三菱電機のコンピューター部門とNECのコンピューター部門の第一線の若手エンジニアが、ワイワイやっている結婚式といった感じでした。

     式場は、もちろん私は初めてでしたが、福岡市百道浜2丁目にあるウエデイングアイランド・マリゾン。福岡ドーム近くの浜辺に突き出たしゃれた建物です。披露宴会場は、まさに海の上といった感じです。素敵なカップルの素敵な結婚式を見せて頂きました。乃介君は現在、関東に勤務ですから新居は藤沢だそうです。転勤も多いと思いますが、中国プロジェクトをやり遂げた持ち前の推進力を持ってすれば、何でも出来ると思います。上司の挨拶にも有りましたが、彼の体の中には「幸せコンバーター」が組み込まれているようです。どんな困難も幸せに変換出来るという素晴らしく前向きな好青年です。大いなる飛躍と今後のご活躍をお祈り致しております。

     呉からは父君の同級生が、私と、畝英樹君2名参加致しました。二人で博多駅近くのホテルを取っておりましたので、披露宴の終わる頃、21時頃だったと思いますがホテルにチェックイン。一休みして、長浜の屋台街に繰り出す事に致しました。タクシーを飛ばして出かけてみると、なんとどの屋台も超満員。今日は土曜日、しかもダイエーの試合もドームで有ったんですからうなずけます。入った屋台のラーメンが極細。生まれて初めてあんな細いラーメンを食べました。聞いてみますとこの麺は、この店だけだという事です。再び行ける事が出来るでしょうか。ともあれ百道浜にも行きましたし、屋台のラーメンも食べさせて頂きましたし、博多の夜を満喫させて頂きました。あれもこれも石村乃介君のお陰です。
  2007/06/01(金)

    ■呉ー竹原地区小型船安全協会総会
     今日は18時から平成19年度の呉ー竹原小安協連絡調整会議、役員会、通常総会に出席致しました。議案も全て承認され、役員改選は全員留任となり、私もしばらく副会長を続けさせて頂く事となりました。13日には上部団体の(社)瀬戸内海小型船安全協会の年次総会がありますが、こちらは監事を仰せつかっておりますので監査報告の役割があります。その会議に上申するテーマについても話し合われましたが、海の事情が、かなり変わって来ております。景気回復の兆しからマリンレジャーも拡大基調ですが、急激に増えて来ているのは、いわゆる水上オートバイです。竹原にはこの種の大会も行われており、マナー向上のノウハウも蓄積されておられる山村理事がおられますので、この方面の対応については大変参考になります。海上保安部からも部長、次長を始め担当官が全て出席され、熱心に指導も戴きました。保安部も組織の改編が行われ、小安協の事務局は新しく出来た交通課におかれ、浜田主任航行援助管理官が担当される事になりました。色々とお世話になりますが、私も海の安全についてそれなりに頑張ってゆきたいと思っております。
  2007/05/31(木)

    ■呉大学本部
     今日は13時のアポイントで、呉大学の坂キャンパスにある本部に、坂田理事長を尋ねました。久しぶりにお会いする理事長はお元気そうで色々なお話を聞かせて頂きました。学び直しのカリキュラムを文科省が計画しており、呉大学も応募しておられる事、これからの学生気質、大学教育、等等、色んな事を教えて頂きました。海見副理事長にも本当に久しぶりにお会い出来ました。やはりこうして色んな世界の人と時々お話しするチャンスがあると、本当に参考になります。有りがたい事だと思っております。

     15時からは広島の友人の弁護士事務所で定例ミーテイングです。この世界の話も大変参考になります。18時からは熊野の友人の家を尋ねました。今日の約束を全て終えて、家に帰って来たのは21時頃でした。皆さんから色んな相談を受けますが、それぞれのテーマに取り組む事によって私の知識も集積され、私自身のレベルアップにもつながり、本当に有りがたく思っております。今日も一日楽しく飛び回っておりました。
  2007/05/30(水)

    ■アーバンビューグランドタワー1F
     午前中、役所で打ち合わせを済ませ、広島に向かいました。目指すはアーバンビューグランドタワー1階のレストラン「TOWANI」。明日のグランドオープンにさきがけて、今日はご招待にあずかったという訳です。途中、大粒の雨が降って参りましたが、なんとか高層ビルの地下駐車場に車を入れて滑り込みセーフ。席についてしばらくするとパーテイが始まりました。オーナーのスピーチで始まった訳ですが「神は行動しないものは助けない」という西洋のことわざがありますが・・・・・・といったくだりには、さもありなんといったところです。私たちが中学の頃は英語の授業で「天は自ら助くる者を助くる」と習ったものです。ともあれ最高級の食材を使ったフランス料理にナイフとフオークを動かし、食事を終える頃には雨もあがっておりました。レストラン「TOWANI」が名前の通り永久に栄える事を祈念しております。

     この後、古巣の三建産業に万代社長を尋ねました。来春の社員採用に大阪市立大学法学部卒業予定のO君を推薦する為です。総務担当の常務や総務部長ともお会いし面接を頼んでおきました。既に採用試験を数次にわたって行っているところだそうです。社長、専務、常務、みんなかっての仲間です。中国の審陽にある子会社の話になりましたが、ちょうど日産の商談で現地の塩本社長が帰って来ているという事でしたので、会って話を致しました。審陽近郊には世界遺産が三つもあるそうです。塩本君から自分が社長をしている間に、ぜひ審陽に来る様に誘われましたので、その気になっております。上海経由で入るか、福岡からの直行便か、どちらかが便利ですという事でフライト時間まで書き出してくれました。本当にかつての仲間というのは有りがたいものです。しっかり審陽、かつての奉天について勉強をしてみたいと思っております。「坂の上の雲」も始まりますし、203高地での戦いなど興味をそそる話題満載の古巣「三建」訪問でした。
  2007/05/27(日)

    ■久しぶりの夜の2号線
     今日は11時に、広島の兄や鹿野の姉と合流、一緒に昼食をとりました。午後からは「てつのくじら館」を案内。入り口ゲートでは潜水艦見学は30分待ちとなっておりましたが、中に入ると10分待ちに短縮され、さらに三階に上がる頃には、即、入れる事になっておりました。ラッキーでした。この後、大和ミュージアムの特別展も見学して、兄、姉とも多いに満足、呉を後に致しました。帰りは私が徳山まで送ってゆく事になっております。

     久しぶりにETCのカードを差し込み、山陽自動車道のゲートをくぐりましたが、非常に快適です。徳山東インターまで約2時間のドライブ、徳山についてから「八丁櫓」という和食のお店で夕食をとり、市内の姪の家に姉を送り届けましたが、何しろ84歳、大役を果たした感じです。義兄をなくした姉ですが、出来る限りあちこちに連れて行って、リフレッシュさせてやりたいと思っております。帰りはもちろん山陽道に乗りましたが、トラックがビュンビュンそばをすり抜けてゆきます。夜道に日が暮れる訳でも無し、途中で山陽道を下りて、久しぶりに夜の2号線をのんびり走って帰る事にしました。岩国、大竹、夜の宮島街道を走りましたが、本当に久しぶりといった感じです。時折、信号にかかりながらの道中も、なかなか趣があるものです。焼山の自宅に帰着したのは午後11時頃でした。夕刻からの徳山行きでトンボ帰り、久しぶりの長距離ドライブでした。
  2007/05/26(土)

    ■鹿野からの姉
     今日は13時から、清水日出夫先輩のお葬式に参列致しました。清水先輩は私より二つ上ですし高校は三津田です。が、私が早稲田の学生の頃、中通の喫茶「銀嶺」をたまり場として夏休み等、よく集まっていた時のメンバーのお一人です。私と大学で同じ学部で同じ下宿だった三津田12回生の日高先輩(故人で元IHI呉事業所長)がよく一緒に連れて来ておられました。私が初めて選挙に出る時も、海岸通のご自身の会社に連れて行って挨拶をする様にセットして頂きましたし、何くれとお世話になりました。合唱団を主宰される様になってからは、少しばかりお手伝いもさせて頂きましたが、まだまだご恩返しは出来ておりません。60代前半は本当にお若い。誠に残念です。お葬式で、やはり銀嶺仲間の五洋建設OBの松尾先輩と隣り合わせの席でした。銀嶺の5人衆(日高さんの同期)のうち、3人が若くして逝った。お互い気をつけようやといわれました。松尾さんとは平岡さんを含めて夫婦で時折、酒を酌み交わしております。旅行も計画しております。早く実行に移したいものです。こんな話が出来るのも清水先輩の采配でしょうか。本当にお元気だったのに心臓の難しい病気が現れたと聞いて、悔しくてなりません。ご冥福をお祈り致します。

     夕刻は広島のサンルートホテルで広島の兄貴夫婦、鹿野から来た姉、それに私たちと5名で食事会です。私は5人兄弟ですから、それぞれ結婚して10名になった訳ですが、鹿野の義兄、東京の兄、大阪の義姉が既に逝き、残っているのは7名です。そのうち東京、大阪の二人をのぞき5名が集まった訳です。明日は両親の墓参りや、「てつのくじら館」を案内して夕刻には私が鹿野まで送ってゆくつもりです。昨日、鹿野から出てくるのは、広島の甥が迎えに車をだしてくれました。鹿野の姉も、もう84歳、心おきなくあちこち見せてやりたいと思っております。平和公園を眼下に見下ろす夕映えのサンルートホテル15階の日本料理処「吉水」でした。
  2007/05/25(金)

    ■多くの友人
     今日は多くの友人が、会いたいから時間を取ってくれという事で、約束が沢山有りました。まず10時は広島の中原社長、シテイプラザスギヤです。12時からは山本さん、来年大阪市立大学を卒業する学生の就職相談です。森沢ホテルで、食事をしながらの打ち合わせとなりました。15時は東京からやって来た岡田社長です。場所はスギヤ。16時30分からは広島の藤川さん、やはりスギヤです。17時30分からは清水君、選挙後の色々の打ち合わせです。それぞれ色んなテーマは一応有るんですが、何となく私を励ます様な雰囲気です。長い間の友人というのは本当に有りがたいものです。

     これからの呉市、地方制度改革の中で本当に正念場を迎えます。舵取りを誤ると大変な事になります。しっかりと勉強し、信念を持って私なりの役割を果たしてゆきたいと思っております。仲間とともに時間を取って四囲の状況をよく把握し、どうするべきか研究してゆかねばなりません。余り時間は残されていないのではないでしょうか。私たち市議会議員も、それぞれ理念を確立し、信念を曲げず、突き進んでゆく事が、極めて重要でしょう。

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