こちらでは、私 竹川和登が出会い、目にしたもの感じたことを直感的に書き綴っています。 |
| 2007/02/28(水) |
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| 2007/02/26(月) |
3時には海上自衛隊舞鶴地方総監部の総監・泉海将の表敬訪問を受けました。泉総監は宮原高校の20回生、私は14回生、六つも私が先輩なんです。彼はサッカー、私はソフトテニスという事も会って、非常にウマが合い、最初の呉勤務以来、仲良くして頂いております。彼は呉出身ですが海上自衛隊勤務においても、呉、江田島に縁が深いようです。『なつぐも」だったか?の艦長、第4護衛隊群司令、練習艦隊司令官、第1術科学校校長等等、呉と東京を行ったり来たりの勤務でした。舞鶴に来る様によく誘われます。舞鶴市議会の林議長さんからも、来い、来いとよく誘われます。兄貴が舞鶴勤務のときは、余部の官舎に行った事もありますし、その後も車で行った事もありますが、最近はありません。いずれ又と思っております。 6時からは海上自衛隊第31回柔剣道大会の懇親会に出席致しました。吉川海上幕僚長他、大湊、横須賀、舞鶴、佐世保、それに地元呉、5人の総監がズラッと集まっておられました。懐かしい方ばかりです。私は締めの挨拶をさせて頂きました。そのあとチョコット2次会に出かけ、本日も無事終了となりました。でもでも帰宅してから仕事が沢山待ち受けております。今日から3月議会がスタートしたばかりです。気を引き締めて、与えられた職務を確実にこなして行きたいと思っております。 |
| 2007/02/25(日) |
その後昼食会に移り、婦人部の皆さんの手による暖かいお汁を添えて、食事をしながらワイワイガヤガヤ。どこかから「千の風になって」という歌も聞こえてきました。本当に楽しいひと時でした。成人部、婦人部、お世話いただいた皆様に感謝!感謝!です。 昼からは日曜日ですが、同級生の経理事務所で確定申告や後援会の報告など年度末の事務について打ち合わせを致しました。最近はイータックスという制度のキャンペーンも行われています。これから私もチャレジしてみようと思っております。 |
| 2007/02/24(土) |
19時からは本願寺会館の庫裏で「愚痴の会」です。岡田洋雲様を忍んで、仲間がワイワイやる会のようです。私も誘われるままに出かけました。もちろん今お寺を守っておられる幸雲様にも大変お世話になっておりますが、何しろ初めての参加です。定刻少し遅れて参上致しましたが、なんとここでも非常に懐かしい人と遭遇致しました。サラリーマン時代、増岡組の仕事で、折りにふれご指導いただいた小桜さんです。当時小桜組には上河内さんという自動二輪にまたがったカッコイイ監督さんが、おられた事を思い起こしながら、色々と懐かしい話をさせて頂きました。小桜さんも、まさかここで竹川さんに会うとは思いもしなかった、今日は来て本当に良かったと言って下さいました。申年生まれの方が多くて私の同い年が3名、小桜さんが一回り上の申年、犬や鶏の方もおられたようでしたが、毎月一回、楽しい集まりをされているようです。私も是非また来る様にとの有り難い言葉をかけて頂きました。本願寺会館は僧職に就かず東京に出て会社を興している勝己君が同級生で、東京で時折会っております。今日の本願寺での出合いこれもまた法縁でしょうか。 夜は10時前になりましたが、黒瀬の池本先生の所に所用で出かけ、少しばかり話し込んで、焼山に帰って来たら午後11時を少し廻っておりました。 |
| 2007/02/23(金) |
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| 2007/02/22(木) |
16時30分からは森沢ホテルにおいて、先般執り行った建国記念日の式典の反省会です。大之木理事長の発案で、今日の会合となった訳です。私は理事長として、総括の話をさせて頂きました。参加者が500名弱、例年の壁が破れない、若年層が増えてこない等、問題が多いと感じております。マンネリのきらいもあります。新機軸を打ち出して行く事が求められているんではないか、といった事を話させて頂きました。その後は楽しい懇親会となりました。 |
| 2007/02/21(水) |
今日は広島の友人との打ち合わせ数件を集中してセットしておりましたので、JAL・CITYで12時待ち合わせを皮切りに、立町、上八丁掘、、幟町、本通と友人の事務所を廻り、6時からは全日空ホテルで行われた梶岡幹生さんの黄綬褒章受賞祝賀会に出席させて頂きました。10人位のテーブルが20程ありましたので、恐らく200名程度の方がお集りだったのではないかと思っております。錚々たるメンバーです。この会の発起人は(社)日本造園建設業協会の佐藤会長、呉商工会議所奥原会頭、桐蔭横浜大学の涌井教授のお三方です。乾杯の音頭は自民党安備の会で、いつもご一緒している県会議員の山木靖雄さんです。梶岡さん自身比治山大学で教鞭をとっておられるという事で教え子の女子学生から花束の贈呈もありました。本当に全国から大学教授やら造園関係の会社の方々、呉からは経済界の重鎮と宮原会の有志が沢山来ておられました。私の隣の席は右が「ますやみそ」の桝本社長、左が三次の平田観光農園の平田社長さんでした。桝本さんはワイズ発足時ご一緒でしたし、平田農園の社長さんは、ご兄弟が海軍兵学校だそうで呉にはご縁があるそうです。私の方は季節季節にブルーベリーをもぎ取りに、あるいはイチゴ狩りに行かせて頂いた事等、楽しく談笑しながらの2時間でした。梶岡さんは中学・高校と私の一つ下で、水泳のマスターズ競技に出場されたり大変なスポーツマンです。今でも大変お世話になっておりますが、その梶岡さんが謝辞の中で「私は自分が好きです。女房が好きです。社員が好きです。人が好きです。イノシシ歳ではないんですが、猪突猛進のきらいがあります。」と自己分析されておりました。本当に前向きで、行動力のある方だと思っております。この受賞を契機に、さらに前向きに社会と向き合われ、カジオカLAが発展される事を願っております。 8時にはもう一件、広島在住の同級生との約束がありましたので、その約束を果たし、なんとか日付が変わる前には、我が家にたどり着きました。ペンデングの仕事がどんどん溜まっております。帰宅してからもその処理に馬力をかけないとと思いながらも、なかなかはかどらない連日です。反省しております。 |
| 2007/02/19(月) |
18時からは、海上自衛隊練習艦隊の壮行の宴に出席致しました。今宵の壮行式は呉市長、呉市議会議長、呉商工会議所会頭、海上自衛隊呉後援会会長の4者での主催ですから、私もホストの役回りです。海上自衛隊に入って将来の幹部を目指す隊員の皆様の、まずは事前の教育の総仕上げが今回の遠洋航海でしょう。松下司令官は「秋には活きのいい士官をお届け致します」といわれました。航海から帰ってこられ各部隊に散って行かれた後は、オン・ザ・ジョブで自己を錬磨して行かれる事でしょうが、まずは今回の航海で国際性を身につけて頂き、スマートな海軍士官の誕生を期待しております。私は締めの万歳三唱で、少しばかり防衛大学校の五百旗頭校長の硫黄島の話に触れながら、練習艦隊のご安航と総員無事帰還を願って音頭をとらせて頂きました。 無事役割を果たして今日の最後は阪急ホテルであった呉稲門会です。既に始まっておりましたが、暖かく迎えて頂き、懐かしい先輩や後輩と談笑し、最後は「紺碧の空」「都の西北」を大合唱してお開きです。当然先輩後輩共々2次会に出かけ、今日の行事は全て完了致しました。 |
| 2007/02/18(日) |
米軍部は日米死傷者の比率を気にしており、ガダルカナルでは22対1であったものが硫黄島では1対1になった事に、衝撃を受けておりました。沖縄戦も予定の3倍のコストを要し「事実上の敗戦」という言葉が当時のワシントンで発せられたそうです。日本での本土決戦が、硫黄島や沖縄の拡大版となる事を米国は恐れた訳です。その事がポツダム宣言に結びつき、辛うじて本土決戦の前に終戦を迎える事が出来た。こういった見方は、ワシントンの公文書館で米軍の原文書を読んでからの事だそうです。硫黄島の戦いは、まさに大局を動かした壮絶な局地戦だったという事でしょう。実はその記事を興味深く読んで、午後の100周年記念式典に出かけ、指定された席に着きましたら、すぐ後ろに五百旗頭校長が座ってこられました。今朝の毎日新聞を読ませていただいた事をお話して、ご挨拶致しました。そうしたら校長のすぐ後ろの席に、潜水艦隊司令官の杉本正彦海将が座ってこられました。杉本司令官がかつて練習艦隊を率いて、インドネシアのノーススラウエシ・ビトン港に接岸され、マネンボネンボ村の慰霊の式典に参加されて以来の出会いではないでしょうか。懐かしい再会ではありました。この式典では本当にいろんな人に出会いました。小泉前総理も出席しておられました。式典では壇上におられましたが、第2部では私のすぐ前列の席に下りてこられ、五百旗頭防大校長に今朝の毎日の記事は良かったねと声をかけておられました。さすがいろんな新聞を読んでおられるんだなと思いました。私はたまたま毎日を手にしただけなんですが。 横須賀市内もご案内いただきYRP(ヨコスカリサーチパーク)の開発や米軍跡の再開発、三笠記念館、等々・・・・見せていただきました。チョット呉は負けているなという感じです。非常に仲良しの都市がいろんな面でガンバッテいる、多いに参考にして行きたい、もっともっと時間をかけて勉強してみたい気に駆られました。 観光物産の施設にしても、大変参考になるものがあります。今回の横須賀行きはあわただしいものでしたが、大変有意義な成果を頂いたようです。じっくり時間をかけて取り組んでみたいと思っております。 |
| 2007/02/17(土) |
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| 2007/02/16(金) |
久しぶりの未来クラブ出席です。これも久しぶりの高橋乗宣先生の経済見通しを聞かせていただきました。金利の行方、為替の先行き、追い上げる国と追い上げられる国の平準化、いろんな事を聞かせていただきました。大変勉強になります。いろんな方の話を出来るだけ聞く様にしているのですが、行事が重なって講演に行くチャンスがグッと減って来ております。大変残念ですが、どうしようもありません。体は一つですから。この後、懇親会は欠席させていただき、次の約束、宮原会の面々との会合に急ぎました。場所は利根本店、ここでもメンバーお一人お一人から為になるお話を聞かせていただきました。もちろん2次会もセットされております。やはり同窓の松尾さんがやっておられるワインバー「モンシェールトントン」です。ここではカルフォルニアワインを何種類か飲ませていただきました。皆でぼつぼつお開きにと思っておりましたら、近畿大学で職員をしておられた私と同じ19年生まれのHさんがお店に入ってこられました。本当に10年ぶり位でしょうか、旧交を温めさせていただきました。なんとか家にたどり着いたのは12時前でした。今日中の帰宅です。今日は嵯峨御流の席で京都の大覚寺の村上教学部長にお会いしましたし、夕刻の未来クラブでは高橋相愛大学学長のお話を聞かせていただきました。高橋先生は仏門のご出身ですし、本当に仏縁多き一日となりました。 |
| 2007/02/15(木) |
10時からは私が支部長を務める「みどり推進機構」の支部総会です。決算の承認、次年度予算、業務計画いずれもご承認いただき、ホッとしておりますが、議論の中でどうやって荒れて行く里山を守るか、あるいは日本の林業の今後の動向、地球温暖化の中での南洋の熱帯樹林の行方等々、興味深いお話をその業界の方からも聞かせていただきました。初めての「みどり推進機構」との関わりですが、役割を認識ししっかり勉強させていただきたいと思っております。 13時からは総務水道委員会に出席。16時からは大阪からのお客さんと「スギヤ」で食事、夜は熊野の友人が怪我をされたというのでお見舞いに出かけましたが、お元気そうなので一安心、しばらく談笑して9時半頃には帰宅致しました。今日は思いの外早くの帰宅になりましたが、疲れているのか睡魔が襲って参ります。早く寝る事にさせてもらいます。 |
| 2007/02/14(水) |
午後からは、市民会館の教職員研究発表大会に出席致しました。プログラムの中に懐かしい先生の名前を見つけて、ああ頑張っておられるなと嬉しくなりました。いろんな研究をされております。教育委員会の講評の中で「つなぐ」という言葉がキーワードになっておりました。先生と子供、子供同士、学校とご父兄、地域と学校、あらゆる関係が断絶する事なく「つながって」次代を担う子供達が育って行くのだと、私も講評を聞きながら感じておりました。少子化の問題やゆとり教育の見直し、2学期制か3学期制か・・・・・その他多くの問題が、今教育界に一時に押し寄せております。いろんな改革が為されようとしております。その時考えるべきは、全ての原点は「主役は子供」と言う事ではないでしょうか。学校において、主役は子供です。他に主役はおりません。後は皆、脇役なんです。主役をどうやってもり立てて行くか、その事を必死で考え、行動して行く事が求められている様に私は思っております。 研修大会を終えて郷原に出向き、無惨にも谷間に捨てられたゴミの山を目の当たりにしました。先般、地元の人達が総出で不法投棄されたゴミを片付けられたのですが、またまたです。残念でなりません。地元の方と今後の対応について話し合いを致しました。 18時半には恒例のワイワイクラブの会合に出かけました。その後もう一つ。友人との約束の会食を3人で果たして帰宅致しました。朝方吹き荒れていた春のあらしは、すっかりおさまっておりました。 |
| 2007/02/12(月) |
ゲートボール連合も、合併で市域が広くなり、豊浜、豊、倉橋方面からも役員の方がお見えになっておられました。会長は市議会我が会派の薬研地先生です。まとめて行かれるのは非常にご苦労がいる事でしょう。ともあれ議案審議に入る前に退席させていただき、次の行事に移動致しました。この後会合を二つこなし、夜はお酒の入る会合でしたのでタクシーで移動、休日とはいえ今日も飛び回っておりました。しかし寺田代議士にはおよびません。「金帰火来」とはよく言ったものです。ウイークデーは東京で、週末は地元で、本当に行ったり来たり。池田代議士からですが、年末年始二日にわたって朝は東京、昼は呉、夕刻また東京の行事と言ったスケジュールが続いた事を聞かされた事があります。元気でなければやっておれません。頭が下がります。お体に気をつけられ、日本の為、地元の為にご活躍いただくようお祈りしております。その為には寺田代議士が、後顧の憂い無く活躍出来る様な環境を、地元の私達が作って行く事が肝要だと思っております。ガンバッて参ります。 |
| 2007/02/11(日) |
午后1時からは建国記念日式典です。準備のためスタッフは10時から市民会館に集合しております。私も少し遅れて駆けつけました。看板の取り付けの真っ最中でしたが、諸般の準備は着々と進行中でした。私も受付のイスや机を出したり、ポスターをはったり準備作業に合流致しました。開会の10分前には予定されたご来賓も全てお越しになり5分前には舞台上に移動していただきました。時間になり緞帳が上がるとやはりピンと張りつめた空気が伝わって参ります。 私は建国記念日を祝う呉市民の会の副会長兼理事長として、白いバラをつけ主催者側に座っているのが例年ですが、今年は赤いバラをつけて来賓席に座り、ご挨拶させていただきました。 未だに世界のあちこちで紛争が起きております。紛争の火種は色々ですが、やはり国家が確立している所では、逃げ惑う弱者の光景を目にする事は少ないようです。国家とは何か、国民とは何か。近代では国家の要素は「領土」「人民」「主権」の三つが、その要素であるというのが通説になっております。わが日本においても国家が確立し、世界に認知されてはおりますが、時に「領土」問題が起こり、「主権」が脅かされる事案が惹起しておりす。 今日の記念日に当たり、国家とは何か、国民とは何か、国民の役割は何か、そんな事を改めて考えております。また呉市民として国家の部分を呉市と置き換えて、呉市とは何か、市民とは何か、市民の役割は何か、この命題にも真剣に考え、行動しなければと思っております。いずれにしましても国民あっての国家であり、市民あっての呉市であります。主役は国民、市民である事は論をまちません。このことが全てのスタートだと思っております。式典後の記念講演では大和ミュージアムの戸高館長に「戦艦大和にみる呉のものづくり」と題してご講演いただきました。知らなかった時代の背景がよくわかり大変参考になりました。有り難うございました。色々な事を考える一日となりました。 |
| 2007/02/10(土) |
6時からは、宮原高校ソフトテニス部OB会の事務局長を10年あまり勤めていただいた高崎さんの送別会です。お仕事の関係で東京に転勤されます。ご本人はソフトテニスが大好きで、宮原高校のOB会が大好き、5年後には広島に帰って来て、また事務局長をやりたいので、それまで頼むといった挨拶をされました。夏には2年続けて現役の高校生を含めて100名超の者が集まり、大会をやりました。こんなに現役とOBが一体となっている高校のクラブがあるでしょうか。我々の誇りです。これも高崎事務局長の大変な頑張りによって、もたらされた事は言うまでもありません。感謝!感謝!です。東京でのサラリーマン生活、充実してご活躍される事をお祈りしております。 |
| 2007/02/09(金) |
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| 2007/02/07(水) |
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| 2007/02/06(火) |
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| 2007/02/05(月) |
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