コラム

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こちらでは、私 竹川和登が出会い、目にしたもの感じたことを直感的に書き綴っています。
  2006/08/31(木)

    ■呉市の底力
     今日は、いいニュースを聞く事が出来ました。8月25日の送水管崩落事故によって、26日から始まった呉市各地区の断水は、明日を持ってほぼ全て解消される事になりました。今夜22時から吉浦・天応・音戸・倉橋の釣士田、長谷地区に通水開始、明日朝6時から残りの倉橋地区全てに通水開始、これによって全ての断水地区は解消される事になります。もちろん通水が全て完了し、蛇口から待望の水が出てくるのは、地区によって時間差があります。本当に有り難い事です。

     でもこれは崩落事故の現場が、復旧したからではありません。広島県や呉市の水道関係者、みんなの知恵で水路の切り回しや、古くからの旧水路の再活用、ありとあらゆる手を使っての給水再開です。なかんずく江田島市や音戸、倉橋の配水池への県や自衛隊による注水によって、こんなにも早く各戸給水が可能になった訳です。

     この給水再開は、学生さんのボランテイアや民生委員の方、ご近所の助け合い、市職員の総力結集、陸自、海自の各部隊の支援出動、各自治体の応援、本当にありとあらゆる善意が呉に結集しての結果です。使えば使うほど配水池の水はどんどん水位が下がります。その分給水船や給水車による補充がひっきりなしに必要でしょう。まだまだ自衛隊にお世話になる訳です。額賀防衛庁長官も現地入りされ支援部隊を督励されました。本当に近くに陸自、海自が立地しており、その有り難さを実感させていただきました。

     ともあれ、まだ送水経路が復旧した訳ではありません。みんなで節水に努め、本格復旧を待とうではありませんか。3ないし4週間、かかるであろうとウンザリしていたこの度の断水が6日ばかりで、ひとまず全域解消されたという事に、我が呉市の底力を感じざるを得ません。本当に嬉しいニュースでした。
  2006/08/30(水)

    ■五輪国内立候補都市、東京に決まる
     9月4日から始まる呉市議会9月定例会において、私は所属する会派代表として質問に立つ事になっております。本日13時が質問通告の締め切りでした。5項目の質問を行う事として、通告させていただきました。これから質問原稿の推敲を重ねて行きたいと、思っております。

     夕刻に流れて来たニュースは2016年に行われるオリンピックで日本から立候補する都市は東京に決まったというものでした。55票のうち東京33票、福岡22票でした。競技団体の評価では若干福岡の方が優勢だったようですから、どうかなと思っておりましたが、やはり東京の総合力が評価されたという事でしょう。これで東京オリンピックが決まった訳ではありません。ヨーロッパやアメリカの開催に意欲を持っている都市との熾烈な競争が待っています。私が学生時代、昭和39年に東京で開かれたオリンピックから52年ぶりとなる訳です。ぜひ今後の招致活動に競り勝って日本での開催を実現してもらいたいものです。
  2006/08/28(月)

    ■天は自ら助くる者を助くる
     来週月曜日9月4日から9月定例会が招集される事が、本日告示されました。これを受けて10時から上程議案の説明会です。説明会とはいえ水道の事故の関係から、議案説明よりは断水地区の関係議員を中心にその方面の発言が目立ちました。この問題は急を要するため、議員全体で構成される全員協議会開催を議長に働きかけていただくよう委員長にお願いして、説明会は副委員長の手で進められる事となりました。

     調整が行われ、結果本日14時から全員協議会は開催されました。もちろん市長以下理事者側も全幹部が出席です。水道局の幹部は、出来るだけ早く局に帰って県との連絡や諸般の指揮を執りたくイライラしながら説明員席に座っておられたのではないかと思っております。やはり今、事は起こっている訳です。断水を余儀なくされている方が多くおられる。議論も大切ですが、関係者全員が一致協力して、復旧に全力を尽くし一日でも早く一時間でも早く給水再開に向けて行動する事が問われているのではないでしょうか。

     広島県は当初公営企業部内に設けた対策本部を本日、全庁的に拡大し藤田知事が本部長となられました。事故現場の復旧作業はもちろん急ピッチで進められておりますが、その完成を待つまでもなく給水船によって、倉橋、音戸地区および江田島市域の調整池に水を入れ、時間制限付きながら給水を再開する事を目指して、可能な限りの手を打っておられるようです。これが実効を挙げれば、崩落現場の復旧工事が3週間程度と言われる中でも、さらに早く給水が再開される事が期待できます。

     みんなが知恵を出し合って、全力で取り組む事こそが好結果につながる事だと信じております。やはり原因究明、あるいは恒久的な対策等々、じっくりやる事と可及的速やかに今、やらねばならない事を峻別して体を動かす、実行する事こそ求められるべき事でしょう。

     今日は代表者会議も開かれ、呉市議会の定数条例をどうするかという問題も話し合われました。色んな重要な問題が一気に吹き出した感ですが、どんな問題が重なろうとも、ひるむ事なく、ひとつひとつ着実に取り組む事によって物事は解決に向かって行くのだと思います。「天は自ら助くる者を助くる」と言うじゃあありませんか。手をこまねいていてはいけません。自ら己の役割を自覚して、それに取り組む事だと思っております。
  2006/08/27(日)

    ■断水広がる
     今日の10時から断水地区が東に広がりました。広白石4丁目と仁方の一部地域、川尻の全域です。県の発表によると復旧工事は約3週間、掛るそうですし、工事が終わっても、一時に大量の水を送水するわけにはいかないでしょうから、さらに時間がかかる事も予想されます。ライフラインのストップは本当に困ります。今呉市は色んな面で大変です。お互い協力し合って、あらゆる場面の影響を最小限に食い止めるべく、努力する事が求められている様に思えます。
  2006/08/26(土)

    ■ついに断水
     昨日の送水隧道の事故の様子が解って参りました。かなり大掛かりに隧道の天井部分が崩落しているようです。送水がありませんので、本日から断水に入りました。天応、吉浦地区、音戸、倉橋地区が断水です。呉市以外でもこのルートに乗っかっている江田島市も断水です。大変な事になりました。県によって復旧の準備が進められておりますが、かなりの時間を要する工事になりそうです。呉市水道局も総出で、自ら出来る事の最善を尽くしておられるようです。水系を切り替えて、影響を最小限に食い止めるべく、必死の努力を続けておられます。

     市内5社に供給している工業用水も影響を受けております。知事は今夜、自衛隊に給水支援活動を目的とする災害派遣を要請されました。陸自13旅団から給水車22台、海自呉地方隊から給水船2隻が、明日早朝より出動する予定だそうです。陸、海の自衛隊が近くにあって、こんな非常時には、本当に助かります。
  2006/08/25(金)

    ■太田川よりの送水隧道崩落
     今日は13時から総務水道委員会が開かれました。昨日の前市長逮捕を受けてマスコミ各社が、取材に押し掛けておりました。開会冒頭、総務部長より事実関係の説明と陳謝がありましたが、司直の解明を待たねば、我々も対処のしようがありません。何ともやりきれない気持ちですが、28日の月曜日には代表者会議が開かれ各派の考えが話し合われる事となる予定です。委員会では、行政報告や所管事務調査を話し合い、事務所に戻りましたら、夕刻に第一報が入りました。

     太田川から呉市に水を送る送水隧道が海田町内で崩落事故を起こし、広島県は送水をストップし、事故原因を調査中との事でした。即座に断水という事ではないようですが、送水ストップが続けば、いずれ断水せざるを得ないでしょう。事故の詳細が解れば、また様子が分かると思います。
  2006/08/24(木)

    ■誠に残念
     今日は呉市にとって誠に残念なニュースが流れました。消防局に端を発した一連の事件から、さらに本庁の職員採用の不正に発展し、小笠原前市長が逮捕されました。在任中、本当にいろいろと実績を残されました。大和ミュージアムのみならずPFI手法の導入や、地方の再編成を先取りされたスムーズな合併等、大変多くの仕事を成し遂げられたと思っております。しかし逮捕は事実です。この事によって職員の士気が下がったり、せっかく大和ミュージアム等で上げ潮になった呉市の勢いが、停滞する事が心配です。影響を最小限に食い止められるよう、一丸となって取り組まねば成らないと思っております。
  2006/08/20(日)

    ■国立江田島青年の家
     朝7時、江田島に向けて車を走らせました。昨日から行われているYAC呉やまと分団のプログラムに一日遅れで参加する為です。早朝のドライブは気持ちよいものです。音戸大橋を渡り早瀬大橋を渡り、車は快調です。8時20分頃には目指す江田島青年の家にたどり着きました。久しぶりです。以前泊まった時は、朝の起床からトイレの掃除、毛布のたたみ方、耳をキチッと揃えておかなければ、後の点検に引っかかり、やり直しという厳しいものでした。グラウンドに並んでの、他の団体との挨拶、それはそれはキチッとしていた記憶があります。その青年の家も平成13年には御殿場の中央青年の家を本部とする独立行政法人に移行しました。これも行政改革の流れでしょうか。ともあれ8時半からは分団の仲間と合流、本日のプログラムに参加いたしました。到着早々、神田議員に会いました。彼は焼山の剣道クラブを率いて合宿鍛錬をやっているんだそうです。お互いご苦労様ですという朝の挨拶でした。

     午前中はカッター、カヌーです。私はカヌー班、小学校4年生ばかり10名です。浜に移動して2名ずつバデイーを組み、お互いに協力、カヌーを出すところからです。全員ライフジャケットをつけて、インストラクターの方から諸注意を受けました。海上監視員としてリーダーも何名か海に出ます。もちろんカヌーに乗ってです。私も交代で監視員をやりました。生まれて初めてのカヌーでしたがパドルもスムーズに動き、スイスイ走る事が出来ました。子供達より少し沖合に出て、ここから先に出ては行かんぞ!岸に向かって漕げ!などと大声を張り上げておりました。子供達も皆初めてのようでしたが、大変喜んで所定の時間では物足りないようでした。一隻の転覆もなく無事カリキュラムを終えて、昼ご飯、食堂でならんで順番を待つんですが、先ほどのカヌーの子供が「リーダー、ハイ」っと言ってトレーを取ってくれました。嬉しいもんです。

     昼からは昨日制作しておいたペットボトルロケットの発射です。空気圧7キロぐらいで、4、50メートル飛んで行きパラシュートが開いてゆらゆらと下りて来る仕掛けです。中にはパラシュートが開かずに地面に激突というのもありました。着地点の目標に一番近い人から3位まで賞品を出す事にして、競技にしました。風向きや発射角などを読んでの事になりますが、風はしょっちゅう変わりますので、ほとんどは運でしょう。楽しい時間も終わり3時過ぎには感想文を書いて正面玄関で施設の方に御礼の挨拶をして、帰路に着きました。台風で気をもんだ2日間でしたが、昨日の西谷の夏祭り、そして昨日、今日のYACの研修、いずれも事なく予定通り完了いたしました。本当に良かったと思っております。
  2006/08/19(土)

    ■西谷自治会夏祭り
     夕刻5時から西谷町の夏祭り大会です。場所は灰ケ峰の谷合にある公園です。4時半頃、伏原の事務所を出発、歩いて坂道を上って行きました。夕暮れとはいえ、まだまだ日射しはきつく、汗がじっとり滲みます。20分ばかり歩いたでしょうか。にぎやかな喧噪が聞こえて参りました。やっとたどり着きました。ご招待を受けていた西谷の自治会長さんにご挨拶をして、ぐるっと一回りしましたら、やはり所変われば品変わるでしょうか、ひと味違います。かき氷に生ビールは定番ですが、カレーやコロッケ、ばら寿司等も売っておりました。バザーの市もあり、花市も立っておりました。明るいうちにペチュニアやインパチェンスを数鉢、買い求めておきました。

     だんだん日が落ちて、気温も下がった頃はクライマックス、大和くれ人って言うんでしょうか、よさこい踊りの一団の出演です。一気に盛り上がったところでラストは花火大会。子供達は大喜びです。いわゆる炭坑節等の盆踊りはありませんでしたが、この夏祭り、すでに数十年続いているそうです。先般の朝日町もそうですが、準備いただく役員の方の御労苦は大変だと思いますが、どうか後継の方に繋いで、末永くこの素晴らしい風物詩を続けていただきたいと願っております。先に買っておいた花の苗を持って坂を下って事務所に帰って参りました。ご招待、本当に有り難うございました。
  2006/08/18(金)

    ■台風10号九州を北上中
     今日は11時に広島から来てくれた友人と、色々打ち合わせをし、一緒に昼食をとりました。本当に友というものは有り難いものです。色んな場面で、親身にアドバイスしてくれますし、協力もしてくれます。二人で車を走らせて食事処へいきましたが、途中、大粒の雨です。台風10号が九州を北上中です。九州地方は大変な被害が出ているようです。早く日本海へ抜けてくれると良いんですが、どうもこの台風、足取りが遅い。ゆっくりゆっくりと進んでいるようです。夜半もまだ雨でした。明日から二日間「YAC呉やまと分団」の江田島合宿プログラムがあります。カッター訓練や、ペットボトルロケット打ち上げ、色んなカリキュラムを組んでおります。早く台風が去り、雨が上がるのを祈るばかりです。

     メールをチェックしておりますと、東京の甥っ子の利将(としのぶ)君からゴルフ初ラウンドの報告が入っておりました。先日、帰省中に吉島のダイナマイトに案内したり、私のスペアの道具をアレンジして一式揃えてやったあの「としくん」です。デザイン仲間とゴルフコース初デビュー。山梨県韮崎にあるレイクウッド明野サンパークCCだそうです。

     無謀な初体験ですが18ホール楽しく回りました。と書いてありました。アウト72、イン96、トータル168点での初デビュー、前半は7番アイアンの調子がよく初心者としては上出来と仲間から言われたそうです。呉に帰って来たと思ったら、あっという間に立派な道具一式が揃っているのにも皆が驚いたそうです。キャデイバッグはキャロウエイで、アイアンを入れる部分は私の加工で一本ずつセパレートされたものです。本当に楽しかったようで、これから練習に励むと書いてありました。何時の日か一緒にラウンドできる事を心待ちしていますとも書いてありました。でも一行・キャデイーがイライラしているようでした・・・。(汗)とありました。吉幾三の「これが本当のゴルフだ」を思わず思い浮かべてしまいました。でも7番アイアンをしっかり打ち込みなさいというアドバイスを、よく守っているようでした。

     ネットのニュースで本日開かれた夕張市議会のことが出ておりました。給与改正条例の可決です。市長50パーセント、職員15パーセント減額。9月分の市長の給料は決算処理の不適切から80パーセント減で、17万2000円となったそうです。また議員報酬も31万1000円から24万円に減額、定数も現在の18から11にするそうです。財政破綻した訳ですから、切り詰めて切り詰めて行かなければなりません。当然、役所のみならず市民も再建が成るまでは我慢に我慢です。「持って他山の石」としなければと思っております。
  2006/08/17(木)

    ■ひばりケ丘成人部懇親会
     6時からジャンボタクシーに相乗り中通りに出かけました。ひばりケ丘成人部の有志7名です。恒例の懇親会です。決まった顔ぶれとはいえ、気心の知れたもの同士、一杯やりながらのコミニュケーションは本当に楽しいものです。食事の後は恒例の水割り片手のカラオケ大会。昼間は市役所で色々打ち合わせを行い、少々疲れておりましたので、程よい気分転換になったようです。それにしても明日の朝は、台風・どんな方向に進んでくるんでしょうか。呉地方直撃だけは避けてもらいたいものです。
  2006/08/16(水)

    ■古刹「並瀧寺」
     今日は少しばかり時間が取れたので、西条から志和方面へ車を走らせました。途中、湖粋園で食事をとりましたが、大変きれいに改修されておりました。聞きますと、つい数日前にリニューアルオープンしたとの事、本当にラッキーでした。料理もおいしくて食後に少し高台にある並瀧寺まで歩いてみました。子供坂、男坂、女坂を上りきると茅葺きの本堂や山門がたたずんでおりました。天平時代の開山で格式の高い寺院だったようです。呉からそう遠くないところにも、歴史的なたたずまいが沢山あるようです。その探訪を続ける事もまた楽しからずやです。

     帰りは東呉道路の工事の様子を見て参りました。馬木のあたりは、かなり進捗しており、大きく変貌しておりました。とりあえず馬木インターから高速に乗れる事になれば、空港も少なからず近くなる事でしょう。完成が待たれます。
  2006/08/15(火)

    ■小泉総理靖国神社参拝
     今日は終戦記念日です。ついに小泉総理が靖国神社に参拝されました。国内にも国外にも賛否両論があります。早速、韓国と中国の駐日大使は、外務省の谷内次官を訪ねて抗議されました。中国の王大使は本国に帰っておられ、臨時代理大使ではありましたが。各国、古今東西、自国の守りの為に戦い、戦死された勇者をお祀りし、感謝と尊敬の念を表すという事は普遍の事でしょう。

     夜NHKが、日本のこれから「アジアの中の日本」という番組で、特集を組み、多彩な顔ぶれを集めて、この問題を取り上げていました。帝国軍人でありながら、靖国へ仲間の慰霊を続ける人、靖国には行かず自宅で仲間を慰霊する人、全く違った行動をとられるお二人、京都産業大学の所教授、経済評論家の内橋克人氏、外交評論家の岡崎久彦氏、麻生外務大臣、各国の学生や、主婦の方、自営業の方、本当に多彩な顔ぶれでした。靖国神社の当時の態度に関して、異論が出てその事に関し、講和条約が発効するまでは戦争状態であると条約には書いてある事。いやその事がおかしいという意見、東京裁判の評価、A級戦犯合祀のいきさつ、本当に知らなかった事が、ひとつひとつ解き明かされて行きました。なかでも印象的だったのは麻生大臣が「靖国問題は、すぐれて内政問題である」と明快にいわれた事です。大臣はかなり丁寧に考えを述べておられました。中国がよきライバルとして台頭して来た事は喜ばしい事であるといった意味の発言をとらえて、ドイツの学生さんだったと思いますが、ライバルという言葉はいけないという様なことを言われました。時間の制約がなければ、こんな誤解は生じないほど議論できたと思いますが、少々残念でした。この問題を根っこにして、東アジアの外交が行き詰まっています。なんとか前に進めたい。立場が違えば意見は違ってくるのは当然ですが、外部の電話等によるアンケートでも、総理の靖国参拝は是とする意見が反対を上回っておりました。しっかりと勉強して、自らの考えを何時の場でも、明確に表現できるようにしておく事は大変ではありますが、非常に重要な事でしょう。考えさせられる一日でした。
  2006/08/14(月)

    ■朝日町盆踊り大会
     今日は午後7時から、朝日町自治会の盆踊り大会です。自治会長さんから「必ず来て下さいよ」と念を押されておりました。夕方パラッと雨が降りましたので、心配しておりましたが、ほんのお湿り程度で、かえって涼しくて、気持ちのよい夜になりました。約・約200人くらいでしょうか、子供達も大変多く、カラオケに盆踊り、かき氷や風船つりのお店も、自治会の方の手でオープンしておりました。廃れて行く風物詩ですが、街場にあって朝日町自治会は、本当によく頑張っておられます。会長以下、役員の方、婦人部の方、準備諸々大変だった事でしょう。頭が下がります。

     後輩のNさん、今は東京での単身赴任だそうですが、今日はお盆で里帰り、この盆踊りに参加されたそうです。DさんやTさん、懐かしい顔ぶれに、沢山お会いできました。それにしても同級生の黒龍軒・山根君の顔が見えないのが残念です。もう亡くなってから何年になるでしょうか。青蓮寺で執り行われた彼の葬儀で、会葬御礼を、彼自身の声でテープで流したのには少なからず驚きました。自身の命を、自身の余命を十分に認識して、テープに吹き込んでいたのでしょう。テープは時々、入れ替えていたようです。すごい事をやってのけたものです。彼には大変お世話になりました。お盆の朝日町にやって来ると、彼の事が脳裏をよぎります。
  2006/08/13(日)

    ■お盆の諸行事
     朝5時50分、昨日の盆踊り会場、ひばりケ丘第3公園に急ぎました。今朝は6時から昨晩の宴の後始末です。もう既にたくさんの方が来て作業をしておられました。軍手をはめてやぐらの骨組みのボルトを外して順次ばらして行きました。飾り提灯を外す人、掃き掃除をする人、机を片付ける人、それぞれ多くの人がかかり切りで約2時間、8時過ぎまでに力仕事は全て完了、後は婦人部の人達の手で台所関係を片付けられるそうです。本当に多くのお世話くださる方々のお陰で、住み良い団地が守られている訳です。

     8時半には家に帰りシャワーを浴びて、お墓参りに出かけました。望地の冨永家の墓、呉霊園の竹川家の墓それぞれお参りして午後2時からは、吉浦艇庫での夕凪会の総会です。今日はヨット部のOBによる吉浦ベイカップレースも行われました。少し早めに抜け出して、夕刻からは阪急ホテルの宮校テニス部の総会です。昼間の試合には、私は参加できなかったのですが、100名近い連中がこの炎天下、試合に臨んだそうです。テニス部は木下監督が就任以来、全国大会は常連でしたが、今年は後一歩というところで駒を進める事が出来ないようです。野球部の快進撃と呼応してテニス部、ヨット部とも好戦績を残してくれればと思っております。ちなみにヨット部は現在和歌山でインターハイを戦っております。
  2006/08/12(土)

    ■ひばりケ丘盆踊り大会
     朝7時40分、電話が鳴りました。甥っ子の「とし君」です。東京の美大を出て、友人とデザインの会社を興して既に2児のパパです。東京から家族4人で、車で呉まで帰省して来たという訳です。ぼつぼつゴルフを始めるので、道具を用意したい、相談に乗ってくれないかという事です。どうもゴルフの事なら竹川のおじちゃんに聞けと衆議が一致しての電話だったようです。さっそく合流して私のスペアーの道具・ドライバーやフェアウエイウッド、キャデイーバッグ、パターそれにボストンバッグやシューズバッグ、ボールにテイー等の小物類、いろいろなものを揃えてあげました。が、シューズとアイアンセットだけは、本人合わせで調達しようという事になり、早速、吉島のダイナマイトに出かけました。中古の良いアイアンセットが見つかり、シューズも手に入れて、一式、全部そろいました。明日でもラウンド出来る体勢です。そばの練習場で試打をして、「とし君」満足のようでした。

     夜は団地の盆踊り大会です。東京から来た「とし君」一家も、もちろん一緒です。うちの孫も参加。昨日の宮原会での指導者Kさんが、やはり炭坑節を教えて下さいます。孫は昨日参加しているので手慣れたもの、早速、炭坑節を踊っておりました。恒例の焼きそばや、おでん、生ビール、かき氷も飛ぶように売れて、大盛況でした。今年は、ことのほか若い人や浴衣姿の子供達が、沢山来てくれておりました。ひばりケ丘は夏祭り、秋祭り、を始め自治会が中心となって、多彩な行事を行っております。恐らくこれほど皆さんがお世話をされて、住んでいる我が町を盛り上げようと努力しているところは、少ないんではないでしょうか。これも歴代の、自治会のお世話をされてこられた役員の方々のご努力の上にあるものと、大変感謝しております。お盆には故郷の「ひばりケ丘」に帰ってくるのが楽しいといった気持ちが、定着するように、みんなで盛り上げて行きたいものです。やはり団地にすんでいる一人一人が、「自分はこの団地に何が貢献できるか」といった思いを、常に持ち続ける事が一番大切な事でしょう。
  2006/08/11(金)

    ■宮原会家族例会
     毎月第2金曜日は宮原会の例会日です。今日は家族例会という事で、先般の同窓会の際、庶務幹事の井村さんにお約束していた孫を連れて出かけました。会場の森沢ホテルには盆踊りの「やぐら」がしつらえてあり、廻りには風船つりや、子供向けの昔懐かしいおもちゃのコーナーも用意され、子供ならずとも至れり尽くせりでした。おっかなびっくりでついて来た孫も、小学校で同じクラスの友人のS君を見つけて大喜び、もう安心です。二人で縦横無尽に会場を走り回り、楽しいおもちゃやお菓子を沢山頂いて、ご満悦でした。盆踊りの部では、ひばりケ丘のKさんが踊りの指導に招かれており、懇切丁寧に炭坑節を教えていただきました。司会は同期の石村君です。本当にここまでの準備、役員の方は大変だった事と思います。おかげで孫共々、大変楽しませていただきました。感謝感謝です!
  2006/08/10(木)

    ■二河忠霊塔
     今日は17時30分より、二河忠霊塔前で行われたお盆供養の式典に参列させていただきました。この行事は呉郷友連盟の主催によるものです。この忠霊塔は二河球場の入り口右手にそびえ立っておるのは皆様もご存知の事と思います。

     実はこの忠霊塔は、もともと昭和7年10月忠霊塔建設期成同盟会の手によって竣工されました。碑の揮毫は伏見宮博恭王殿下の手によるものだそうです。ところが昭和20年の終戦後、連合国軍の指示により碑の表・裏の文字を取り除き、ご位牌は遷移される事となったそうです。つまり魂のない空塔と化した訳です。それを復旧せんと昭和31年3月より郷友連盟が立ち上がり、翌昭和32年4月22日竣工の運びとなりました。同時に明治維新以降の戦没者の御霊を合祀されて、今日に至っているそうです。

     いま靖国神社の合祀問題が、あるいは小泉総理が8月15日にお参りされるのか、などなど、マスコミをにぎやかしております。呉市には、この二河の忠霊塔をはじめ、長迫の丘には海軍墓地、三津田の地には鯛宮、いずれも毎年慰霊の行事が、執り行われております。私達が、今こうして平和を享受できるのも、この国を守り続けて来て下さった先人の犠牲の上に立っているのだという事を忘れてはならないものだと思っております。呉はそういった意味で、由緒ある忠霊の場所があちこちにあり、慰霊の精神がしっかりと、また立派に継承されている事を、大変誇らしくかつ嬉しく思っております。

     本日の行事に参加しながら、来年の建国記念日の式典の事が頭をよぎりましたが、大之木会長にも今日の式典で、お会いしましたので、来年の講師の件もご相談させていただきました。意見の一致を見ましたのでその作業、交渉に取りかかって行きたいと思っております。こういった事は間違いのない筋道を立てて、早目に一歩一歩準備して行く事が肝要です。いよいよ取りかかって参ります。
  2006/08/06(日)

    ■被爆61年
     今日8月6日午前8時15分、私も焼山の地からではありますが黙祷いたしました。世界でただ一つの被爆国・日本、そして広島。私は原爆投下の一年前の夏、広島の隣、ここ呉で生まれました。松本零士さんの言葉ではありませんが、宇宙的時間の流れの中では、本当に偶然といえば偶然のなせる技です。今年の式典では子供代表が殊に印象に残りました。南観音小6年の新谷望君と楽々園小6年のスミス・アンジェリアさんです。アンジェリアさんは日本とアメリカの二つの国籍を持っておられるそうです。いろいろな思いを持って宣言に臨まれた事でしょう。毎年8月6日は本当に暑い日という印象ですが、今日も暑い一日でした。
  2006/08/05(土)

    ■宮原高校同窓会
     今日は東京から来た孫達が、1週間の滞在を終えて東京に帰る日です。呉の孫と兄弟のごとく一緒に海に行ったり、工作教室に通ったりした一週間でしたが、いよいよ帰る日です。5時のフライトでしたが、4時までに空港に送って行き、私はトンボ帰り、5時半からの宮原高校同窓会に出席いたしました。

     我が宮原14回生は、総勢21名の出席です。テーブル二つを占有しての参加です。それにしても50何回生という方もおられます。卒業年次が40回以上も違います。年を取ったものです。親子で参加しておられる方もありました。どちらも宮原高校の卒業生です。久しぶりに会う同級生、「ありゃ誰かいの」 話しているうちに記憶が甦ってくる。そんな再会でした。同級生の女の子が箱根で女将をしているとの情報がもたらされ、早速、来年そのホテルに押し掛ける事が、まとまったようでした。恒例の同級生がやっているお店での2次会にも出かけ、我が家にたどり着いたのは、11時過ぎでした。

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