こちらでは、私 竹川和登が出会い、目にしたもの感じたことを直感的に書き綴っています。 |
| 2006/08/31(木) |
でもこれは崩落事故の現場が、復旧したからではありません。広島県や呉市の水道関係者、みんなの知恵で水路の切り回しや、古くからの旧水路の再活用、ありとあらゆる手を使っての給水再開です。なかんずく江田島市や音戸、倉橋の配水池への県や自衛隊による注水によって、こんなにも早く各戸給水が可能になった訳です。 この給水再開は、学生さんのボランテイアや民生委員の方、ご近所の助け合い、市職員の総力結集、陸自、海自の各部隊の支援出動、各自治体の応援、本当にありとあらゆる善意が呉に結集しての結果です。使えば使うほど配水池の水はどんどん水位が下がります。その分給水船や給水車による補充がひっきりなしに必要でしょう。まだまだ自衛隊にお世話になる訳です。額賀防衛庁長官も現地入りされ支援部隊を督励されました。本当に近くに陸自、海自が立地しており、その有り難さを実感させていただきました。 ともあれ、まだ送水経路が復旧した訳ではありません。みんなで節水に努め、本格復旧を待とうではありませんか。3ないし4週間、かかるであろうとウンザリしていたこの度の断水が6日ばかりで、ひとまず全域解消されたという事に、我が呉市の底力を感じざるを得ません。本当に嬉しいニュースでした。 |
| 2006/08/30(水) |
夕刻に流れて来たニュースは2016年に行われるオリンピックで日本から立候補する都市は東京に決まったというものでした。55票のうち東京33票、福岡22票でした。競技団体の評価では若干福岡の方が優勢だったようですから、どうかなと思っておりましたが、やはり東京の総合力が評価されたという事でしょう。これで東京オリンピックが決まった訳ではありません。ヨーロッパやアメリカの開催に意欲を持っている都市との熾烈な競争が待っています。私が学生時代、昭和39年に東京で開かれたオリンピックから52年ぶりとなる訳です。ぜひ今後の招致活動に競り勝って日本での開催を実現してもらいたいものです。 |
| 2006/08/28(月) |
調整が行われ、結果本日14時から全員協議会は開催されました。もちろん市長以下理事者側も全幹部が出席です。水道局の幹部は、出来るだけ早く局に帰って県との連絡や諸般の指揮を執りたくイライラしながら説明員席に座っておられたのではないかと思っております。やはり今、事は起こっている訳です。断水を余儀なくされている方が多くおられる。議論も大切ですが、関係者全員が一致協力して、復旧に全力を尽くし一日でも早く一時間でも早く給水再開に向けて行動する事が問われているのではないでしょうか。 広島県は当初公営企業部内に設けた対策本部を本日、全庁的に拡大し藤田知事が本部長となられました。事故現場の復旧作業はもちろん急ピッチで進められておりますが、その完成を待つまでもなく給水船によって、倉橋、音戸地区および江田島市域の調整池に水を入れ、時間制限付きながら給水を再開する事を目指して、可能な限りの手を打っておられるようです。これが実効を挙げれば、崩落現場の復旧工事が3週間程度と言われる中でも、さらに早く給水が再開される事が期待できます。 みんなが知恵を出し合って、全力で取り組む事こそが好結果につながる事だと信じております。やはり原因究明、あるいは恒久的な対策等々、じっくりやる事と可及的速やかに今、やらねばならない事を峻別して体を動かす、実行する事こそ求められるべき事でしょう。 今日は代表者会議も開かれ、呉市議会の定数条例をどうするかという問題も話し合われました。色んな重要な問題が一気に吹き出した感ですが、どんな問題が重なろうとも、ひるむ事なく、ひとつひとつ着実に取り組む事によって物事は解決に向かって行くのだと思います。「天は自ら助くる者を助くる」と言うじゃあありませんか。手をこまねいていてはいけません。自ら己の役割を自覚して、それに取り組む事だと思っております。 |
| 2006/08/27(日) |
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| 2006/08/26(土) |
市内5社に供給している工業用水も影響を受けております。知事は今夜、自衛隊に給水支援活動を目的とする災害派遣を要請されました。陸自13旅団から給水車22台、海自呉地方隊から給水船2隻が、明日早朝より出動する予定だそうです。陸、海の自衛隊が近くにあって、こんな非常時には、本当に助かります。 |
| 2006/08/25(金) |
太田川から呉市に水を送る送水隧道が海田町内で崩落事故を起こし、広島県は送水をストップし、事故原因を調査中との事でした。即座に断水という事ではないようですが、送水ストップが続けば、いずれ断水せざるを得ないでしょう。事故の詳細が解れば、また様子が分かると思います。 |
| 2006/08/24(木) |
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| 2006/08/20(日) |
午前中はカッター、カヌーです。私はカヌー班、小学校4年生ばかり10名です。浜に移動して2名ずつバデイーを組み、お互いに協力、カヌーを出すところからです。全員ライフジャケットをつけて、インストラクターの方から諸注意を受けました。海上監視員としてリーダーも何名か海に出ます。もちろんカヌーに乗ってです。私も交代で監視員をやりました。生まれて初めてのカヌーでしたがパドルもスムーズに動き、スイスイ走る事が出来ました。子供達より少し沖合に出て、ここから先に出ては行かんぞ!岸に向かって漕げ!などと大声を張り上げておりました。子供達も皆初めてのようでしたが、大変喜んで所定の時間では物足りないようでした。一隻の転覆もなく無事カリキュラムを終えて、昼ご飯、食堂でならんで順番を待つんですが、先ほどのカヌーの子供が「リーダー、ハイ」っと言ってトレーを取ってくれました。嬉しいもんです。 昼からは昨日制作しておいたペットボトルロケットの発射です。空気圧7キロぐらいで、4、50メートル飛んで行きパラシュートが開いてゆらゆらと下りて来る仕掛けです。中にはパラシュートが開かずに地面に激突というのもありました。着地点の目標に一番近い人から3位まで賞品を出す事にして、競技にしました。風向きや発射角などを読んでの事になりますが、風はしょっちゅう変わりますので、ほとんどは運でしょう。楽しい時間も終わり3時過ぎには感想文を書いて正面玄関で施設の方に御礼の挨拶をして、帰路に着きました。台風で気をもんだ2日間でしたが、昨日の西谷の夏祭り、そして昨日、今日のYACの研修、いずれも事なく予定通り完了いたしました。本当に良かったと思っております。 |
| 2006/08/19(土) |
だんだん日が落ちて、気温も下がった頃はクライマックス、大和くれ人って言うんでしょうか、よさこい踊りの一団の出演です。一気に盛り上がったところでラストは花火大会。子供達は大喜びです。いわゆる炭坑節等の盆踊りはありませんでしたが、この夏祭り、すでに数十年続いているそうです。先般の朝日町もそうですが、準備いただく役員の方の御労苦は大変だと思いますが、どうか後継の方に繋いで、末永くこの素晴らしい風物詩を続けていただきたいと願っております。先に買っておいた花の苗を持って坂を下って事務所に帰って参りました。ご招待、本当に有り難うございました。 |
| 2006/08/18(金) |
メールをチェックしておりますと、東京の甥っ子の利将(としのぶ)君からゴルフ初ラウンドの報告が入っておりました。先日、帰省中に吉島のダイナマイトに案内したり、私のスペアの道具をアレンジして一式揃えてやったあの「としくん」です。デザイン仲間とゴルフコース初デビュー。山梨県韮崎にあるレイクウッド明野サンパークCCだそうです。 無謀な初体験ですが18ホール楽しく回りました。と書いてありました。アウト72、イン96、トータル168点での初デビュー、前半は7番アイアンの調子がよく初心者としては上出来と仲間から言われたそうです。呉に帰って来たと思ったら、あっという間に立派な道具一式が揃っているのにも皆が驚いたそうです。キャデイバッグはキャロウエイで、アイアンを入れる部分は私の加工で一本ずつセパレートされたものです。本当に楽しかったようで、これから練習に励むと書いてありました。何時の日か一緒にラウンドできる事を心待ちしていますとも書いてありました。でも一行・キャデイーがイライラしているようでした・・・。(汗)とありました。吉幾三の「これが本当のゴルフだ」を思わず思い浮かべてしまいました。でも7番アイアンをしっかり打ち込みなさいというアドバイスを、よく守っているようでした。 ネットのニュースで本日開かれた夕張市議会のことが出ておりました。給与改正条例の可決です。市長50パーセント、職員15パーセント減額。9月分の市長の給料は決算処理の不適切から80パーセント減で、17万2000円となったそうです。また議員報酬も31万1000円から24万円に減額、定数も現在の18から11にするそうです。財政破綻した訳ですから、切り詰めて切り詰めて行かなければなりません。当然、役所のみならず市民も再建が成るまでは我慢に我慢です。「持って他山の石」としなければと思っております。 |
| 2006/08/17(木) |
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| 2006/08/16(水) |
帰りは東呉道路の工事の様子を見て参りました。馬木のあたりは、かなり進捗しており、大きく変貌しておりました。とりあえず馬木インターから高速に乗れる事になれば、空港も少なからず近くなる事でしょう。完成が待たれます。 |
| 2006/08/15(火) |
夜NHKが、日本のこれから「アジアの中の日本」という番組で、特集を組み、多彩な顔ぶれを集めて、この問題を取り上げていました。帝国軍人でありながら、靖国へ仲間の慰霊を続ける人、靖国には行かず自宅で仲間を慰霊する人、全く違った行動をとられるお二人、京都産業大学の所教授、経済評論家の内橋克人氏、外交評論家の岡崎久彦氏、麻生外務大臣、各国の学生や、主婦の方、自営業の方、本当に多彩な顔ぶれでした。靖国神社の当時の態度に関して、異論が出てその事に関し、講和条約が発効するまでは戦争状態であると条約には書いてある事。いやその事がおかしいという意見、東京裁判の評価、A級戦犯合祀のいきさつ、本当に知らなかった事が、ひとつひとつ解き明かされて行きました。なかでも印象的だったのは麻生大臣が「靖国問題は、すぐれて内政問題である」と明快にいわれた事です。大臣はかなり丁寧に考えを述べておられました。中国がよきライバルとして台頭して来た事は喜ばしい事であるといった意味の発言をとらえて、ドイツの学生さんだったと思いますが、ライバルという言葉はいけないという様なことを言われました。時間の制約がなければ、こんな誤解は生じないほど議論できたと思いますが、少々残念でした。この問題を根っこにして、東アジアの外交が行き詰まっています。なんとか前に進めたい。立場が違えば意見は違ってくるのは当然ですが、外部の電話等によるアンケートでも、総理の靖国参拝は是とする意見が反対を上回っておりました。しっかりと勉強して、自らの考えを何時の場でも、明確に表現できるようにしておく事は大変ではありますが、非常に重要な事でしょう。考えさせられる一日でした。 |
| 2006/08/14(月) |
後輩のNさん、今は東京での単身赴任だそうですが、今日はお盆で里帰り、この盆踊りに参加されたそうです。DさんやTさん、懐かしい顔ぶれに、沢山お会いできました。それにしても同級生の黒龍軒・山根君の顔が見えないのが残念です。もう亡くなってから何年になるでしょうか。青蓮寺で執り行われた彼の葬儀で、会葬御礼を、彼自身の声でテープで流したのには少なからず驚きました。自身の命を、自身の余命を十分に認識して、テープに吹き込んでいたのでしょう。テープは時々、入れ替えていたようです。すごい事をやってのけたものです。彼には大変お世話になりました。お盆の朝日町にやって来ると、彼の事が脳裏をよぎります。 |
| 2006/08/13(日) |
8時半には家に帰りシャワーを浴びて、お墓参りに出かけました。望地の冨永家の墓、呉霊園の竹川家の墓それぞれお参りして午後2時からは、吉浦艇庫での夕凪会の総会です。今日はヨット部のOBによる吉浦ベイカップレースも行われました。少し早めに抜け出して、夕刻からは阪急ホテルの宮校テニス部の総会です。昼間の試合には、私は参加できなかったのですが、100名近い連中がこの炎天下、試合に臨んだそうです。テニス部は木下監督が就任以来、全国大会は常連でしたが、今年は後一歩というところで駒を進める事が出来ないようです。野球部の快進撃と呼応してテニス部、ヨット部とも好戦績を残してくれればと思っております。ちなみにヨット部は現在和歌山でインターハイを戦っております。 |
| 2006/08/12(土) |
夜は団地の盆踊り大会です。東京から来た「とし君」一家も、もちろん一緒です。うちの孫も参加。昨日の宮原会での指導者Kさんが、やはり炭坑節を教えて下さいます。孫は昨日参加しているので手慣れたもの、早速、炭坑節を踊っておりました。恒例の焼きそばや、おでん、生ビール、かき氷も飛ぶように売れて、大盛況でした。今年は、ことのほか若い人や浴衣姿の子供達が、沢山来てくれておりました。ひばりケ丘は夏祭り、秋祭り、を始め自治会が中心となって、多彩な行事を行っております。恐らくこれほど皆さんがお世話をされて、住んでいる我が町を盛り上げようと努力しているところは、少ないんではないでしょうか。これも歴代の、自治会のお世話をされてこられた役員の方々のご努力の上にあるものと、大変感謝しております。お盆には故郷の「ひばりケ丘」に帰ってくるのが楽しいといった気持ちが、定着するように、みんなで盛り上げて行きたいものです。やはり団地にすんでいる一人一人が、「自分はこの団地に何が貢献できるか」といった思いを、常に持ち続ける事が一番大切な事でしょう。 |
| 2006/08/11(金) |
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| 2006/08/10(木) |
実はこの忠霊塔は、もともと昭和7年10月忠霊塔建設期成同盟会の手によって竣工されました。碑の揮毫は伏見宮博恭王殿下の手によるものだそうです。ところが昭和20年の終戦後、連合国軍の指示により碑の表・裏の文字を取り除き、ご位牌は遷移される事となったそうです。つまり魂のない空塔と化した訳です。それを復旧せんと昭和31年3月より郷友連盟が立ち上がり、翌昭和32年4月22日竣工の運びとなりました。同時に明治維新以降の戦没者の御霊を合祀されて、今日に至っているそうです。 いま靖国神社の合祀問題が、あるいは小泉総理が8月15日にお参りされるのか、などなど、マスコミをにぎやかしております。呉市には、この二河の忠霊塔をはじめ、長迫の丘には海軍墓地、三津田の地には鯛宮、いずれも毎年慰霊の行事が、執り行われております。私達が、今こうして平和を享受できるのも、この国を守り続けて来て下さった先人の犠牲の上に立っているのだという事を忘れてはならないものだと思っております。呉はそういった意味で、由緒ある忠霊の場所があちこちにあり、慰霊の精神がしっかりと、また立派に継承されている事を、大変誇らしくかつ嬉しく思っております。 本日の行事に参加しながら、来年の建国記念日の式典の事が頭をよぎりましたが、大之木会長にも今日の式典で、お会いしましたので、来年の講師の件もご相談させていただきました。意見の一致を見ましたのでその作業、交渉に取りかかって行きたいと思っております。こういった事は間違いのない筋道を立てて、早目に一歩一歩準備して行く事が肝要です。いよいよ取りかかって参ります。 |
| 2006/08/06(日) |
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| 2006/08/05(土) |
我が宮原14回生は、総勢21名の出席です。テーブル二つを占有しての参加です。それにしても50何回生という方もおられます。卒業年次が40回以上も違います。年を取ったものです。親子で参加しておられる方もありました。どちらも宮原高校の卒業生です。久しぶりに会う同級生、「ありゃ誰かいの」 話しているうちに記憶が甦ってくる。そんな再会でした。同級生の女の子が箱根で女将をしているとの情報がもたらされ、早速、来年そのホテルに押し掛ける事が、まとまったようでした。恒例の同級生がやっているお店での2次会にも出かけ、我が家にたどり着いたのは、11時過ぎでした。 |