コラム

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こちらでは、私 竹川和登が出会い、目にしたもの感じたことを直感的に書き綴っています。
  2006/06/25(日)

    ■鹿野の漢陽寺
     朝から雨です。かなり降っています。昨晩は姉が用意してくれた鹿野町にある温泉宿に広島の兄貴夫婦と泊まりました。こじんまりとした小さな宿です。12時のお葬式ですから余りはやく行っても邪魔になるだけですから、10時頃つくよう宿を出ましたが、やはり大粒の雨が降っておりました。葬儀をする漢陽寺は臨済宗の由署あるお寺で、庫裏の裏手には潮音洞という水路が掘られて大量の水が流れ込んでいます。江戸時代の初期、日照りに苦しむ鹿野の農家の為に山向こうの川から水を引くため、岩崎某という方が心血を注いでくり貫かれた水路です。

     雨の降る漢陽寺でのお葬式は、荘厳なものでした。我が会派からも弔電が届いておりました。本当に有り難うございました。義兄の棺を何度か担がせてもらいました。斎場も近年建てられた真新しいものでしたが、3時過ぎお骨上げもさせていただき、鹿野を後にして、中国自動車道経由一路呉に帰って参りました。六日市あたりはどしゃ降りでしたが、無事我が家に着き、タクシーに乗り換えて五月荘についた時は丁度小泉副議長の乾杯が始まった時でした。鎮海からお見えにになった4人の議員の歓迎晩餐会です。神田議員を始め、皆さんに今日の準備他大変お世話になりました。感謝しております。困った時に助けてくれる仲間があるというのは本当に嬉しいものです。2次会を終えて家路についたのは10時半頃でした。まだ雨は降っておりました。義兄は今、天上に向かっているのでしょうか。
  2006/06/24(土)

    ■鹿野行き
     周南市鹿野町に住んでいる義兄が今朝早くなくなりました。今夜が通夜、明日が葬儀の連絡が入りましたので急遽、予定を変更、徳山に向かいました。今日は鎮海市からのお客さんが森沢ホテルに到着される事になっておりましたし、ワイズメンズクラブの最後の例会も開かれる事となっておりました。残念ですが明日の宮原会のコンペも含めて全てキャンセル、事情を説明してご了解を頂き、徳山にいそぎました。

     思えば昨年、姉と義兄を鹿野まで迎えに行き、森沢ホテルに一緒に泊まって大和ミュージアムに案内した事が思い起こされます。海軍で主計を担当していた義兄が、先に逝った仲間に思いを馳せ、手を合わせながらの見学で、本当に喜んでおりました。その後、体調を崩して入院、ついに今日、逝きました。今日は鹿野泊まり、明日の12時からの葬儀に備える事にさせていただきました。
  2006/06/22(木)

    ■呉市国民保護協議会第1回会合開かれる
     「備えあれば憂い無し」という言葉がありますが、まさかの時に、国、県、市が備えをしておこうというものです。平成15年6月13日に施行された武力攻撃事態対処法を受けて制定された関連7法のうち平成16年9月17日に施行された国民保護法の第32条にもとずき、呉市が18年度中に「国民の保護に関する計画」を策定するというものです。その計画案策定が市長より諮問され、本日第1回の会合が開かれました。今日は事務局から骨子が示され、この秋には計画案を市長に答申するスケジュールとなっております。

     今まさにテポドンがいつ飛んでくるか、報道されていますが、武力攻撃を受けた場合あるいは受けようとした事態において、その攻撃から国民の生命、身体および財産を保護し、国民生活等におよぼす影響を最少にする為、市の責務、避難、救援、被害・災害への対処措置を決めておこうというものです。あのアメリカでの貿易センターへの航空機攻撃、バリ島での爆破攻撃、世界中でいろんなテロ事案が発生しております。先頃は世界の米軍基地に対する攻撃が行われるという事で、日本でも厳戒態勢がひかれたとの報道もありました。

     自然災害に対しても、国民の生命、財産を守るという出てくる対処の方法では似通ったものがありますが、今回のものはその原点に置いて、全く違います。人間同士の争いに起因しているという点に置いてであります。こんな事を審議する事の無い地球上になればいいのでしょうが、現実には色んな事が起こっております。外交努力という事がいつも言われております。あらゆる事を尽くす事は最も大切な事です。と同時にあらゆる事態を想定して対処しておくという事も大切な事です。正に「備えあれば憂い無し」という事でしょう。私も今日は呉市国民保護協会の委員として会議に参加させていただきました。
  2006/06/20

    ■海上自衛隊資料館 着々と工事進行中
     今日は、久しぶりに宝町を通ってみました。大和ミュージアムの前では、着々と海上自衛隊の資料館の工事が進んでおります。潜水艦の実物(退役した「あきしお」)を陸揚げ展示するという非常にユニークな資料館になるそうです。我国初のPKO・ペルシャ湾の掃海の資料も展示されるようです。海上自衛隊の資料館としては航空機関係が鹿屋に、洋上艦関係が佐世保に、今回サブマリン関係が呉に出来れば、一応セットで、全て完成という事でしょう。呉資料館の完成予想図も、写真のページにアップしておきたいと思いますが、来春の完成が待ち遠しいものです。完成公開されれば、またまた多くの人が訪れ、大和ミュージアムと至近距離という事とあいまって、すごい相乗効果を生むものと確信しております。自衛隊もPFIを取り入れて、なかなかやるもんです。呉市は共存共栄、共にその役割を担って、信頼関係を高めて行きたいものです。

     折しもイラクのサマワに展開する陸自部隊は、撤退する事が発表されました。乗り込む時は、イラク国民の期待も大きく、それなりの評価を受けてのイラク入りでしたが、撤退となると自衛隊に雇用されていた現地の人達の失職という事もあるでしょうし、もう少し各種の建設を望む声もあるでしょう。撤退作戦が一番難しい作戦となるのではないでしょうか。無事、全員が撤収される事を祈っております。
  2006/06/19(月)

    ■広島県日韓親善協会2006年度総会
     午後5時から広島県日韓親善協会の年次総会が開かれました。場所は全日空ホテルです。事前に理事会もありましたが、いずれも議案は全て承認され、5時半からの講演会に移りました。講師は青木理(あおきおさむ)氏、2006年4月まで共同通信のソウル特派員を務められた方です。演題は「どうなる拉致・竹島(独島)」〜地方選後 盧武鉉政権は〜という非常に興味深いものでした。やはり現地に駐在し青瓦台に毎日、出向いた人ならではの鋭い内容でした。青木さんは40歳、この夏には共同通信を退職されて、オーマイニュースの副編集長に就任されるそうです。ただいま開局準備中だそうですが、始まりましたらぜひみてみたいと思っております。現在はHPアドレスwww.ohmynews.co.jpで「開店準備中Blog」公開中!とのこと、覗いてみてください。あとは恒例の懇親会、金総領事や藤田知事もお見えになっておられました。久しぶりにお会いする方とも多く出会え、講演会から懇親会、楽しいひとときを過ごさせていただきました。
  2006/06/18(日)

    ■AED(Automated External Defibrillator)
    今日は、平成18年度広島県アマチュア無線赤十字奉仕団の総会と研修会が、天応ポートピアランドで開かれました。私も呉分団の一員として参加いたしました。年次総会ですから昨年度の決算報告や本年度の予算案の承認などを全て満場一致で議了し、午前の部は終わりました。昼食は非常食の炊き出し、カレーライスです。約50名、県下各地の分団から参加した全員、同じものを食し、午後の研修に臨みました。

     研修は日赤のインストラクターによるAED(自動体外式除細動器)の使用に関する救急法講習です。スポーツや何かの時にフット倒れ込んだりしたとき、多くの場合、心室細動(心臓にある心室の複数の場所から無秩序に電気的な興奮が起こり、調和のとれた心筋の収縮が無くなった状態になる事)が起きて、心臓からの血液の拍出が全く無くなります。この場合、この心室細動を取り除いてやる事が必要です。最近はAEDが、かなり普及して来ており、我々一般市民でもこの機器を使用して、救命率の向上を図れる事が出来るようになりました。

     人工呼吸や気道確保、適切な心肺蘇生法を併せ実施して、救急隊員に引き継ぐ事が出来れば、かなりの確率で人命を助ける事が出来ます。今日はそういった救命の連鎖について、実際に機器を使用しながら、午前10時から午後4時半まで実技講習を受けました。終了後は理解度を確認するため、テストも受けました。心臓に電気を流すのですから、体が濡れていてはいけません。もちろんネックレス等、金属にパットが触れてもアウトです。心臓ペースメーカーを埋め込まれた人の場合、どうするか等、細かい注意事項を頭に叩き込みながらの講習でした。少しばかり自信もつきました。多くの人が集まるところにAEDの設置は、これからどんどん進んで行く事でしょう。出来るだけ多くの人が、正しい救命法を身につけて、救命率が格段にアップする事をを願っております。
  2006/06/17(土)

    ■竹とんぼ作り
     今日はYAC呉やまと分団6月のプログラム「竹とんぼ作り」です。場所は広島国際大学呉キャンパス。指導者は社会環境科学部の齋(いつき)助教授です。学生諸君が沢山、助手で参加してくれてプログラムの進行を取り仕切ってくれました。子供達も50名以上の参加。工具のヤスリは仁方のヤスリ工業組合青年部の協力です。竹をヤスリで削り、曲げて軸針をつけて完成、テスト飛行です。曲げの角度やバランス等によって、飛び方が多いに違ってきます。もちろん飛ばし方の技術も多いに影響いたします。それでも自ら竹を削り、火であぶって曲げを入れ、完成した「竹とんぼ」が大学の体育館の天井高く舞い上がった時は、みんな感激ひとしおのようでした。滞空時間や飛行距離を競い合って、子供達は生き生きとしておりました。ものを作る時の子供達は本当に違います。みんな楽しんでやっています。どうして「竹とんぼ」が飛び上がるのか、説明を受けながら、一生懸命作っていました。この子供達を見ていると、呉に宇宙少年団を作って本当によかったと、つくづく感じました。今日は広島国際大学に大変お世話になりました。有り難うございました。
  2006/06/13(火)

    ■6月議会終わる
     今日6月13日呉市議会本会議が開かれ、各常任委員会等で審議され本会議に送付された議案等の採決が行われました。29議案を可決、全てを議了して6月議会は、閉幕いたしました。議会人事では、神田副議長が辞任され、新たに小泉副議長が誕生されました。神田副議長にはこの1年間本当にご苦労様でした。我が会派からは、議会選出の監査委員として岡本議員が選ばれました。この議会は指定管理者の選任議案などが上程され駐車場や福祉会館などが民間業者に運営を任せる事になりましたが、何しろ法整備による新しい試みです。あくまで市直営でやるという事も、法は認めている訳です。

     以前のコラムでも書いた事がありますが、その施設設置の目的は何かという原点を常に忘れてはいけないという事が一番重要です。運営手段は変わろうとも目的がねじれてはいけません。その原点のもと、どんな運用がいいのか、どこに任せたらいいのか、しっかり議論して結論を出すべきだと思います。呉市も多くの町と合併いたしました。職員も瞬間的には大変多くなりました。これから厳しい財政事情の中で、削減も急ピッチで進めて行かなければならないでしょう。色んな事情をそれぞれの自治体は抱えております。そこそこの事情にマッチした方策も必要でしょう。いずれにしても制度の運用は、常に原点に立ち返って、その施設の存置目的を忘れずに、その目的が達成される一番いい方向を選ぶべきでしょう。

     6月議会は終わりました。次は9月議会ですが長いようで、すぐやって参ります。9月議会の代表質問は我が会派は私の担当と決まっております。これから色んな行事が目白押しですが、9月に向けて心して一日一日を過ごして行きたいと思っております。
  2006/06/12(月)

    ■W杯誠に残念
     日本・ワールドカップ初戦に逆転負けしてしまいました。1点を先取して前半を終わり、もう少しでタイムアップと思っていた矢先、立て続けに3点を取られました。日本全国の人がテレビに釘付けになっていた事でしょう。戦いぶりにはそれぞれ思いがあるでしょう。とにかく残念です。後、2戦あります。気持ちを切り替えて、目一杯戦ってほしいものです。
  2006/06/11(日)

    ■三つのお悔やみ
     10時のお葬式、蒲刈の大浦へ車を走らせました。家を出たのは8時40分頃でしたが、30分前には着きました。議員になった頃からお世話になっていたOさんのところのお嬢さんが50台で無くなられたのです。ご自宅の近くのお寺でのお葬式でしたが、本当に大勢の人でした。正確にはお葬式と言っても故人の意思で既に密葬を済まされ、お別れの会と言った事のようでした。既に亡くなられているお父様に、新米議員の頃大変お世話になりましたが、お嬢様も逝かれ、残されたお母様のお気持ちは・・・・・・・。何とも言いようがありません。暗い気持ちで蒲刈を後にして呉に帰って参りました。

     午後2時からは呉中央シテイホールです。三津田会のMさんのお父様のご葬儀です。実は喪主の奥様は宮原会のメンバーですし、喪主とは法政大学のソフトテニス部が、呉で春の合宿を張って下さる時のお世話でご一緒しておりましたし、あれやこれやのご縁が重なっておりました。亡くなられたお父様は気さくな方でお元気な時は、お会いすると、よく声をかけていただいておりました。ご冥福をお祈りいたします。

     お参りをして事務所に帰りましたが、その後、伏原のYさん宅に出向きました。こちらは神社のお祭りでよくお世話をしていただいた好青年です。さきごろお亡くなりになったのだそうですが、知らなかったものですから、仏壇に手を合わさせていただきました。上のお子さんがこの春、幼稚園に入園されお家も新しく建てる計画をされていたんだそうですが、突然お亡くなりになったとの事。体の変調というのは、いかんともしがたいものがありますが、本当に思いがけないことが起こります。無情とはこういうものなのでしょうか。知らなかった非礼を詫びて手を合わせ、おいとまいたしましたが、こんなのは本当に残念です。明るくて、率先してお祭りのお世話をしておられたのが目に浮かびます。お悔やみ申し上げます。
  2006/06/09(金)

    ■久しぶりの宮原会
     毎月第二金曜日は宮原会の例会です。今日は安部先輩の追悼例会という事になっております。安部先輩と私の3番目の兄貴とは二中で同期という事もあって、ことのほか親しくしていただいておりました。やりくりして是非にと思って出席いたしました。安部先輩は本当に、こよなく宮原会を愛しておられました。先輩の学年は同級のメンバーの方も多くて、私の兄貴も同じ学年という事も相まって特に親しみがあります。ご冥福をお祈りいたします。献花をさせていただき、追悼式典が終わり食事が出る頃、そっと抜け出し大和ミュージアムへ急ぎました。実はこの第二金曜日YACのリーダー会議と毎月ぶつかるんです。どちらも大切なミーテイングですが体は一つ、テーマによってどちらかを欠席させていただいておりましたが、今日はどちらも出たい。そんな思いで宮原会の前半、追悼例会のみ出させていただき、大和ミュージアムへ移動させていただきました。次のYACのプログラム・広島国際大学広キャンパスにおける、竹とんぼ製作の打ち合わせがメインテーマです。竹とんぼと言っても本当に奥が深いようです。垂直に上昇し体育館の天井にぶつかるくらいに飛ぶそうですが、水平方向に飛ばす事も出来る。子供達ならずとも、我々リーダーもワクワクしております。次のプログラムを楽しみにしております。
  2006/06/08(木)

    ■総務水道委員会
     今日は10時から総務水道委員会が開かれました。この議会総水の委員長を拝命いたしましたので、本日が初仕事です。副委員長の選任も終わりまして、上程された4本の議案を審議いたしました。4本とも可決され、最終日の本会議に送付される事となりましたが、無事、委員会を議了しホッとしております。一年間委員各位のご協力を得て、円満な委員会運営に努めなければと改めて決意しております。

     午後は友人の就職を頼まれておりましたので、虹村にあるH社を尋ねました。アポ無しで訪問したのですが、先方の社長、会長とも私に用事があったので連絡しようと思っていたとの事、誠にグッドタイミングでした。CADを使っての設計に経験がある人をご紹介させていただきましたが、早速面接をしてみようとの事になりヤレヤレです。

     その後梅雨空の中、東広島の西条中央病院まで車を走らせました。友人が高熱を出し、意識を失って救急車で緊急入院されたのを見舞う為です。子供の頃、足を痛められておったのだそうですが、そこのところから細菌が入ったという事でした。もちろん意識は戻って後は時間の問題という事のようですが、彼はよく動くので神がしばらく休むよう命じたのではないかと思っております。彼がベッドの上でしたためた郵便物の投函を依頼されましたので、帰り道、黒瀬の郵便局のポストにいれ、彼にその旨を報告しておきました。

     その時です。携帯電話がなり取ってみますと鎮海の市議会からでした。懐かしい声の主は副議長のチョンワンギュウ氏です。20日頃に呉を訪れたいという内容です。FAXを送っていただき、こちらからは明日対応する旨返事をしておきました。色々詰めておくべき事もありましたので、夜、鎮海市役所のノムヨン氏に連絡し、確認を取って、明日キチッと処理が出来るよう手はずを整えておきました。明日からまたまた忙しくなりそうです。
  2006/06/07(水)

    ■6月定例会
     6月5日から定例会が始まりました。5日、6日は各派の代表質問。本日は議案質疑の後、上程された各議案がそれぞれ所管の委員会に付託されました。いよいよ明日から、委員会審査です。東広島市は会期が大変長いのですが、市長交代の関係で18年度予算が暫定的に組まれており、この議会で新年度予算の審議をされるようです。私は今年度は総務水道委員会の所属となりました。既に施行されております武力攻撃事態対処法を受けての国民保護法関連の呉市国民保護協会の諮問委員にも就任する事となりました。いろいろと忙しくなりそうです。

     それにしてもニュースでは秋田の事件が連日報道されて、子供達の安全をどう守るかと行ったテーマが大きな命題になっておりましたが、またまたシンドラー社のエレベーター問題が出て参りました。呉市でも昨日朝、同社のエレベーターの中に約45分間、閉じ込められるという事案が発生いたしました。今まで何気なく乗っていたエレベーターでさえ色んな事に気をつけて、利用しなければという気持ちになります。子供達ならずとも誰を信頼して何を信じて暮らして行けばいいのか・・・・・大変な時代に入って来たなという感じがするのは私一人でしょうか。
  2006/06/03(土)

    ■久しぶりの県北
     先頃開館した奥田元宋・小由女美術館へ行って参りました。小ちゃな愛車を走らせる事約2時間、三次の運動公園近くの美術館へお昼前に着きました。駐車場に車を入れて真っ赤な橋を渡ると美術館の3階がエントランスです。非常に立派な建物でした。コンクリートの打ちっ放しで、木目がキッチリと出ており、床は板張り、重厚な作りです。第一会場、第二会場、第三会場とご夫妻の作品が沢山並べられておりました。赤が基調の大作が多くありましたが、大きな屏風に描かれた秋の風景には、圧倒される趣でした。奥様の人形も、初期の白いものから、だんだん色彩豊かに変化していった様子がよくわかりました。美術音痴の私ならずとも大変素晴らしい目の保養をさせていただきました。なかには呉市美術館所蔵の作品も出展されておりました。大変多くの方が来館しておられ、呉からの方も、何人かお見かけいたしましたが、同級生のNさんにお会いしたのは本当に驚きでした。

     ここの美術館は午前10時から午後6時までの開館となっておりますが、満月に当たる日は午後10時まで開館を延長されるそうです。元宋作品のモチーフとしてしばしば登場する月。美術館のロビーから山端に昇る月を眺められる様な設計になっているようです。

     しっかりと目の保養を終えて近くのワイナリーを覗いて、その後、庄原まで車を走らせました。サラリーマン時代は庄原カントリークラブで、よく会社のコンペをやったものです。懐かしい農面道を走って庄原・簡保の宿で遅めの昼食を取り、引き返しましたが県北は30度を超えていたようです。目に青葉、夏ホトトギスとはよく言ったもので「特許許可局」の鳴き声が聞こえてくる新緑の県北路でした。
  2006/06/02(金)

    ■第59回呉市中学校総合体育大会
     今日は9時半から中学校総合体育大会の開会式に参加いたしました。場所は呉市体育館、参加校30校です。合併で参加校も多くなり、スタンドには母校の応援団が、それぞれ工夫を凝らし陣取っておりました。選手団の入場行進、選手宣誓、大変勇壮でした。国歌、呉市歌、若い力、三つの歌の演奏、それぞれ懐かしく、中学校時代の大会を思い起こしながら、参列させていただきました。私は当時の軟式庭球の部で毎年参加しておりましたが、時代は変わって今はソフトテニスと言う事になりました。県下でもこんな大会が開かれているのは珍しい事のようです。今日から三日間それぞれの会場で、熱戦が繰り広げられます。本当にいい思い出になりますし、私の経験からいえば、他校のライバルの選手諸君とも、成人してからも交流が続き、色んな場面でその交流が生きて参ります。中体連、高体連と多いに競い合い交流を深めていってほしいと思っております。
  2006/06/01(木)

    ■合計特殊出生率1.25過去最低
     昨年の合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子供の数)が過去最低の1.25となった事が発表されました。出生率は年々低下を続けておりましたが、それでも年間の死亡者の合計よりも、産まれてくる子供の方が多くて人口はわずかながら増加しておりました。ところが昨年はそれが逆転してしまったのです。いよいよ人口減少が始まったのです。平成17年(2005年)が「人口減少元年」となった訳です。1989年の出生率が1.57になり1966年の「ひのえうま」をも下回った事から「1.57ショック」「チャイルドショック」といわれ政府も少子化対策に本腰を入れ始められました。あれから17年経ちましたが、一向に増加には転じません。

     国の施策は2005年の出生率を1.31と推計,2007年に1.30で底を打ちその後上昇,2050年には1.39まで回復するという前提で、立てられているそうです。その底を昨年には早くも割って1.25となった訳です。社会保障制度をはじめ、多くの制度が支える人口の急激な減少で、予定通り進まないのは自明です。私は5月30日に5地区東部老連で、このままでは日本の人口は、100年後に半減、600年後にゼロとなる計算ですと、17年前に当時の厚生省岡光次官が警鐘を鳴らされた事をご紹介させていただきましたが、本当にスピーデイに、大胆に、人口減に歯止めをかける政策を取って行かなければ、色んなひずみがあちこちに出てくる事でしょう。即効薬はありませんが、国の根幹に関わる問題です。総力を挙げて、みんなで真剣に取り組まなければならないと思っております。 
  2006/05/30(火)

    ■第5地区東部老人クラブ連合会研修会
     10時から見晴荘で5地区東部老連の研修会が開かれました。今日の講師は私が務めさせていただきました。これからの呉市と言う演題で約1時間しゃべってほしいとの依頼でしたので、少しばかり準備をしておきましたが、どんな事になるか気をもんでおりました。時間の制約もありますので、学校統合問題を中心に教育問題、東呉道路をはじめとする幹線道路の進捗状況、諸施設の民営化問題、最後に夢のある呉市作り・大和ミュージアムのインパクトの4点に絞ってお話をさせていただきました。前段では呉市の問題に入る前に、少子高齢化チャイルドショック、道州制の導入、財政の破綻、平成の大合併の現状など、日本の置かれた現況について、触れさせていただきました。1時間をオーバーいたしましたが、100名あまりの皆さん最後までよく聞いていただきました。メモを取っておられる方もありました。大方の皆さんから解りやすくて勉強になった、いい話を聞かせていただいたなどの感想を頂きました。本当に有り難い事です。最後に教育委員会が取り組んでいる歴史絵本のご紹介をさせていただきましたが、どこに売っているのかという問い合わせもありました。そういう問い合わせもあろうかと事前に調べておきましたので、本庁の総務部、教育委員会、大和ミュージアム、入船山記念館の4カ所で販売しており頒価は1000円という事を説明させていただきました。やはり皆様にお話をするという事になると、こちらも事前準備の為少なからず勉強いたしますので、その意味に置いても有り難い機会を与えていただいたものと感謝しております。

     政府与党は6月18日までの今国会を延長しない事を今日決めたようです。これによって今、色々な問題が噴出している社会保険庁の改革関連法案や教育基本法改正案、組織犯罪処罰法改正案、憲法改正手続きを定める国民投票法案なども、ほとんど継続審議となる事は確実でしょう。国会が終了すれば一気に自民党の総裁選挙へ向けて突き進んで行く事でしょう。自民党の総裁イクオール総理大臣ですから国民の関心もいやでも高まります。韓国でも地方選挙が行われております。野党ハンナラ党が有利なようですが、来年の大統領選挙はどうなるんでしょうか。日本の新しい総理と韓国の新しい大統領のもとで両国の関係が改善され、手を携えてアジアの時代を築いていくといった方向が打ち出される事を願っております。
  2006/05/29(月)

    ■徳山行き
     今日は月曜日です。9時から会派の定例ミーテイングがあるんですが、石崎幹事長に許可を貰って欠席させていただき、徳山に出向きました。緊急入院した義兄を見舞う為です。私は5人兄弟の一番下ですが、一番上の姉の主人で91歳。海軍の主計官として呉に勤務しておられた時に、姉と一緒になられたんですが、戦後は故郷の鹿野町の役場に奉職、ずっと田舎暮らしをされておられました。お陰で私は小学校、中学校の頃は夏休みなど泊まりがけで、姉の家に行き、清流で遊んだり、泳いだりしたものです。夕刻になるとよく釣れるというので、疑似ばりで「はえんぼ」を釣りに連れて行っていただきました。義兄が夜を徹して、それを南蛮酢けにしてくださったものです。最近では、行く度に、色んな庭木や花をもらい、我が家に持ち帰って、小さな庭に植えて楽しんでおりました。玄関前では頂いて来た「のうぜんかずら」がアーチ状に大変大きくなっており、毎年夏にはオレンジ色の花をいっぱいつけてくれます。その義兄が徳山中央病院の7階のベッドに横たわって点滴を5本、さらに酸素吸入を受けておられました。広島の兄夫婦と私夫婦4人での徳山行きでしたが、代わる代わる肩をさすってあげたり手を握ってあげましたが、時々うわごとのように声を出される。何を言っておられるのか解りませんが、般若心経をそらんじておられる事もあります。それでも私たちが来ているのが解ったのでしょう、「ありがとう」とはっきり言われました。それにしても昨年の秋、楽しみにしておられた大和ミュージアムをご案内して、森沢ホテルに一緒に泊まった事が思い起こされます。とても新幹線では無理なので、私の車で、鹿野まで迎えに行き、広島の兄夫婦共々森沢に泊まり、一緒に食事をしました。もちろん帰りも鹿野まで送っていきました。海軍出身ですから、大和ミュージアムには、ことのほか思い入れがあったのでしょう、あちこちで手を合わせておられました。色んな事が思い起こされます。余り長居をすると、ご本人が疲れられるので2時間くらいで辞去しましたが、お医者さんの話では一週間がどうかという話のようでした。何とも重苦しい気持ちでの徳山中央病院でした。

     行きは山陽道でしたが帰りは海岸沿いに一般道で大畠に出ました。広島の兄も海軍出身です。大島の先っぽにある「陸奥記念館」に立ち寄りました。柱島の沖合で大爆発、最期を遂げたあの「陸奥」です。当時は世界最大級の戦艦としてその勇姿をみせていたのでしょう。広島の兄も私も初めての記念館行きでしたが、兄はまたひとしおの感慨だった事でしょう。夕暮れの記念館を後にして、玖珂インターから山陽道に乗り、一路広島を目指して帰って参りました。兄を送り我が家に帰着したのは夜8時過ぎでした。

     インドネシアでは一昨年の12月のスマトラ沖地震に続いて、またジャワ島地震が起きました。スマトラ沖地震では16万人の死者・行方不明者でしたが、今回も既に5000人以上の死者・20万人以上の方が家を失ったと言われております。世界各国が救援隊を送り込むようです。日本も11億余の無償援助ほか自衛隊の派遣、医療支援などを決めました。神戸の震災では世界各国の支援を受けましたが、お互い様です。この同じ「地球」という星の上で暮らす同じ人間同士なんですから。竹島だとか尖閣だとか東チモールだとかで、争わずにもっと手を携えて、ちっぽけな地球から宇宙に向けて力を合わせていきたいものです。大和ミュージアムの名誉館長「松本零士」さんが言われた言葉「私達は生まれてくる時代を選ぶ事は出来ません。宇宙的時間の流れの中では、ほんの一瞬のなかで時を同じくしている。ほんとに偶然としか言いようがありません」と言った意味の事を言っておられたのを思い起こしております。
  2006/05/25(木)

    ■呉ー竹原地区小型船安全協会 年次総会開かれる
     今日は「呉ー竹原小安協」の年次総会です。18時40分からの総会ですが、先立って連絡調整会議と役員会が開かれました。昨年度はオリジナルの帽子を製作、全員に配布をしたり、本日協会に貢献された方々を会長表彰したりと、色々と新機軸を打ち出して活性化に努めた初年度でした。事務局の置かれている呉海上保安部でも春の定期異動で部長や小安協担当の西岡さんが転勤され、新たに担当も警備急難課の中岡さんに変わりました。部長は平家さんから今度は大和さんです。前任部長のお名前も今度の部長のお名前も古武士を思い起こさせる由緒あるお名前のようで何か頼もしさを感じさせられるのは私だけではないと思います。

     総会の後は安全講習会、懇親会と続きましたが、我々は海の安全を守る事を標榜する団体です。万一事故が起こった時にどうするか。海保は事故救命策確保のため三つの基本を色んな場面で啓蒙されております。・ライフジャケットの常時着用・携帯電話等適切な通信手段の確保・海のもしもしは118番、以上の三つです。これを守れば万が一の時の救命率は飛躍的に向上いたします。ぜひ実行したいものです。

     懇親会では小西顧問と隣り合わせの席で色々楽しい話を聞かせていただきました。参議院議員を辞されてもう何年になるでしょうか。今は趣味の車と海、それに最近は陶芸に打ち込んでおられるようです。正に悠々自適の毎日のようでした。

     私達はシリウスシテイカンコーが会場でしたが、森沢ホテルでの会合を終えられた黒瀬の池本さんと9時半頃待ち合わせ合流、堺川そばのお店に繰り出しました。彼の友人お二人もご一緒です。池本さんも来春の統一地方選挙で東広島市議を目指しておられます。お互い頑張ろうとエールを交わしたものです。

     もちろん本日中には帰宅いたしましたが、国会は6月18日の会期末まであと3週間あまり、重要法案が目白押しです。行政改革推進法など関連5法は明日の参議院本会議で可決・成立する見通しですが、教育基本法改正案や組織犯罪処罰法改正案等はどう取り扱われるのでしょうか。与党は会期の大幅な延長は行わない方針を固めたようですし、後3週間、東京はめまぐるしく動いて行く事でしょう。呉市も5月29日告示で6月5日から定例会開始です。連日忙しくなりそうです。
  2006/05/24(水)

    ■巨星落つ
     今日は10時から教育経済委員会が開かれました。行政報告5件です。とりわけ教育委員会の「呉の歴史絵本」の第2弾・合併町の歴史編の進行状況についての報告は多いに興味を引くところです。本当に呉の子供にとって自分の住む町の歴史を体系的に理解しておくという事は大切な事です。しかしなかなかこれと言った道具立てが無かった。いいものを作っていただいたというのが私の感想です。身近かに置いて、気軽にひもとく、完成が待ち遠しいものです。

     12時からは大之木グループ最高顧問のご葬儀に、参列させていただきました。色々な会合の帰り道、お茶でも飲んでいって下さいと、よく声をかけていただきました。大之木本館のお部屋でお話をされる時の柔和なお顔が忘れられません。海軍工厰、とりわけ広の空厰の仕事においては、現場に向かう作業員の先頭に立って正に陣頭指揮、そんな光景が葬儀委員長のお話の中から彷彿とさせられました。陸軍の軍務におつきになり金鵄勲章を頂かれたお話、とりわけ有名な鶴岡監督との友情、シャープの佐伯最高顧問との知遇などなど、グループ発展に多いに寄与された多くの人脈、正に巨星落つの感です。私もかつて静岡の愛鷹ゴルフクラブでプレーしたとき、大之木建設の施行と知らされ、大変驚いた事を鮮明に覚えております。ご冥福をお祈りいたします。

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