コラム

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こちらでは、私 竹川和登が出会い、目にしたもの感じたことを直感的に書き綴っています。
  2006/02/27(月)

    ■3月定例会始まる
     10時から3月定例会が、いよいよ始まりました。会期は3月23日までの25日間。いわゆる予算議会で一番の長丁場です。市長から上程議案の説明がなされ、それを受けて、各会派代表8名から予算総体質問の通告が出されました。3月2日から論戦開始です。昼間は、かなり春の兆しも感じられる今日この頃ですが、やはり夜は冷え込みます。風邪を引かないように、気をつけて長丁場を乗り切って行きたいと思っております。

     夕刻7時からは、ごくごく内輪のもので、豊田先生の医師会長就任のお祝いの会を致しました。公私ともにお世話になっている豊田先生が、医師会長になられた事に、出席した者、皆が大変喜んでおり本当に楽しい会になった事をうれしく思っております。豊田先生のさらなるご活躍を、お祈りしております。
  2006/02/25

    ■焼山トンネル現場見学会
     先般貫通した焼山押込線のトンネル工事現場で、見学会が行われました。熊谷組・若築建設・伸和建設JVで進められていた工事ですが、事故無く貫通の運びとなった事は、本当にうれしい事です。私もトンネルの中を、歩いて通りましたが、トンネルのサイドには、色んな重機や仮設レールの上を走る作業車が、たくさん停まっておりました。こんな現場をみる事は、そう、ざらには無い事でしょう。色んな人に出会いましたが、皆さん、珍しそうに歩いておられました。トンネルの中ほどでは、樽酒が振る舞われておりました。焼山もこの他、環状線やら交差点改良やら、工事が目白押しです。一日でも早く完成、供用となってほしいものです。
  2006/02/24

    ■フィギアでアジア初の金
     今朝早く行われた(トリノ現地時間では23日の夜)フィギアスケートで、待望の日の丸が、揚がりました。それも「君が代」演奏と共にです。荒川静香選手が、金メダル獲得。フィギアでは、なんとアジア選手で、史上初の快挙だそうです。不振が続いていた今大会で、初のメダルが金。「君が代」の演奏が本当に心地よく響いておりました。アメリカのTVでも、「君が代」を最後まで流したそうです。自国の国歌以外、つまりアメリカの優勝以外は、国歌を流す事は無いアメリカが、流したそうです。やはり荒川選手の偉業を讃えての事でしょう。スポーツの世界は、本当に良いものです。今大会はメダルゼロかと思っておりましたが、本当に、よくやってくれました。早朝、眠い目をこすりながら、TVをみておりましたが、眠気も吹っ飛びました。本当に、うれしいニュースでした。
  2006/02/22

    ■ASTRO-F衛星打ち上げ成功
     今朝6時28分に鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から、赤外線天文衛星ASTRO-Fを搭載したM-Vロケット8号機が打ち上げられました。衛星は分離されて、所定の軌道に乗ったことが確認されました。打ち上げ成功です。ASTRO-Fは「あかり」と命名されました。

     「あかり」は赤外線による宇宙観測を行います。大きく言えば、二つの目的を持っています。ひとつは、この宇宙がどうやって作られたかという事です。137億年前のビッグバンからどうなっているのか、銀河はどうやって作られたのか、・・・・などなどです。もうひとつはこの宇宙の中で生命体は他に無いのか、という事です。子供の頃にマンガの中で火星人を見ました。猿の惑星という映画も見ました。どんなことが解ってくるでしょう。こんな研究では、アメリカや韓国とも協力して色々探査されるようです。ワクワク致します。

     昼からは色々な打ち合わせで、広島に出かけました。7時からの打ち合わせは、最後飲みが入り、久しぶりの再開という事もあって、ついつい楽しくなり、家に帰ったら0時半でした。明日は議運があり、来週からは定例会です。出来る限り夜は早めにして、健康管理に努めなければ。解っちゃいるんですけどネ。
  2006/02/21

    ■JAXA(宇宙航空研究開発機構)
     呉に宇宙少年団の「やまと分団」が出来て、もうすぐ1年です。リーダーの仲間と、宇宙ロケットの打ち上げを、見学に行きたいものだと、よく話をします。実は本日、早朝6時28分に打ち上げられる予定だった赤外線天文衛星ASTRO-Fは、降雨のため延期となり、明日22日午前6時28分打ち上げとなりました。ここのところ立て続けに、JAXAはロケットの打ち上げに成功しています。先日18日15時27分には、「運輸多目的衛星新2号」(MTSAT-2)を搭載した、H2Aロケット9号機の打ち上げを行い、衛星を分離、軌道に投入した事を確認しております。このロケットは、種子島宇宙センターから打ち上げられました。明日朝打ち上げ予定のASTRO-Fは、鹿児島県内之浦宇宙空間観測所です。既にカウントダウンが始まっており、もうすぐ午前0時ですから、あと6時間チョットです。JAXAのホームページでは、打ち上げまで、後何時間何分何秒と刻々表示されております。打ち上げの様子はライブで中継されるそうです。

     日本初の赤外線天文衛星ASTRO-Fについてプロジェクトマネージャーの村上教授は「この宇宙はどのように作られたのか?私たち人類のような生命体は、宇宙で唯一なのか?」宇宙の起源と進化を解明するために作られた日本初の赤外線天文衛星ASTRO-F。10年の歳月を掛けて開発されたASTRO-Fへの思い、新たな発見への期待を語っておられました。未知の世界解明への夢。子供ならずともワクワク致します。21世紀は間違いなく宇宙の時代です。どんどん打ち上げに成功するJAXAには、呉出身の的川先生がおられます。宇宙少年団でも大変お世話になっております。ぜひぜひ種子島でも、内之浦でも見学したいものです。
  2006/02/20

    ■3月定例会告示
     3月定例会を2月27日(月)に招集する旨の告示が、本日なされました。10時からは、上程予定の議案118本の、説明がありました。当然18年度の予算案がメインですが、指定管理者の指定案件や職員給与、介護保険料率の改定条例なども、上程される事に、なっております。分厚い予算書も送付されてきましたので、いよいよです。23日には議運も開かれ、日程が固まってくる事でしょう。最大の長丁場です。体調に気をつけて、しっかり役割を果たして行きたいと思っております。
  2006/02/19

    ■まだまだ続く大和ミュージアムの人気
     今日は所用で、大和ミュージアムへ行きました。10時からの会合でしたが、ものすごい人です。11時頃は売店に長蛇の列。売店も、なんとかしてもらいたいものです。来年の春には、海上自衛隊の資料館もオープンいたします。本物の潜水艦(あきしお)を陸揚げしての、ユニークな資料館です。全国から多くの来館者を集める事でしょう。大和ミュージアムとの相乗効果、大変大きなものとなるでしょう。これからも宝町には、多くの人が訪れる事と思います。昼からはお葬式でシテイホールに出かけました。若くしてなくなられた方のお葬式です。子供さんが三人、大変優しい頑張りやのお母さんだったようです。若い方のお葬式は、特に涙を誘います。大変でしょうが、頑張っていただきたいと思っております。実はここも宝町にあります。

     呉駅の南側・宝町の開発は、一気に進みました。イズミやレクレビル、マンションや社会保険事務所、それに大和ミュージアム、来春は自衛隊の資料館がオープン。既存ではバブ日立や自動車販売会社がありますし、呉市の海の玄関・中央桟橋があります。なのに、アクセスは、以前と変わりません。海岸通から教育隊を横切って、幸町に抜ける道、二河川沿いに踏切をわたって、海上保安部へ至る道、堺川沿いにガードをくぐって中央桟橋に至る道、開発以前と全く変わりません。どんどん人気の高い・集客力のある建物が立地してくる。なんとかしなければならないのではないでしょうか。私は、素人考えですが、呉駅の橋上化が有効ではないかと思っております。現在の呉駅は、2階に上がって改札をして、またホームまで階段を下りる。お年寄りにはなかなか大変です。今はエレベーターもついてはおりますが。2階に電車が入ってくれば、どんなに便利でしょうか。

     呉駅は、広島方面の川原石駅が、既に高いところを通っています。上り方面は、呉駅を過ぎてだんだん高くなり眼鏡橋では、下にバスが通るくらい高架になっております。ならば、呉駅も高くしてはどうでしょうか。そうする事によって、現在の呉駅前から宝町方面へ、何本か道路を通す事も可能になるでしょう。堺川沿いのガードも、二河川沿いの踏切もなくなり、アクセスは、大変スムースになる事でしょう。

     国土交通省絡みの政策で、「スイスイ・シテイ大作戦」というのがあります。連続立体交差事業というのは道路整備の一環として進められている事業です。この政策は、既に三原市や福山市で実施済みであり、海田町で現在進められているようです。連続立体交差事業の実施により、踏切り待ちが無くなる事に加え、周辺一帯の道路交通がスムーズになります。線路両側を往来する歩行者の数も増えてまいります。交通の円滑化と同時に、駅舎も新しくなり、分断されていた両側の町が生き生きとしてくるため、建物の立て替えが進むなど、経済が活性化してくる事が、確認されております。事業費の補助率も、かなり高いようですし、ぜひ呉市も、この事業を検討してみる事が、必要ではないでしょうか。まさに多くのアクセス道路が出来る事で、宝町が生きてきますし、線路が上に上がれば、その下の土地の有効活用も出来、ガード下で背の高い車が、ぶつかるといった事も無くなり、一石二鳥、いや三鳥ではないかと思っております。
  2006/02/18

    ■YAC「野鳥観察」
     10時から郷原小学校集合。今日のプログラムは、黒瀬川でのバードウオッチングです。私達リーダーは9時集合、いろんな準備をして、子供を待ちました。朝が早い為か、少し気温も下がり、やはり川の風は冷たいのですが、子供たちは元気一杯です。里山・内海調査保護研究会の田中先生、細川先生に講師を担当して頂き、野鳥のみならず、中国地方の地形の話や、その中の地質、郷原・城山の水晶の話など、黒瀬川のほとりで、色々と教えて頂きました。フィールドに出て歩き回るというのは、本当に気持ちよく、清々しいものです。今日はRCCも、取材に来ておられました。お忙しいのに呉高専の福永校長も、副分団長として参加いただきました。宇宙少年団「呉やまと分団」も来月の例会で初年度・1年間のプログラムを終えます。よくここまで育って来たものです。リーダーの皆さんのお陰だと思っております。本当にうれしいものです。
  2006/02/17

    ■市役所ソフトテニス部
     6時から「よしゃこい屋」。今日は市役所テニス部の部長・沖政弘さんの定年に伴う送別会です。彼は西条農高の出身ですが、高校時代は、かなりのものでした。昭和40年、呉市役所に入り、同時にテニス部に所属、44年には県下の第7回市役所対抗戦で、一般男子の部に出場、沖・仲井組として準優勝されました。私が平成3年に市役所に来てから、すぐテニス部に誘われ、以来彼とは1歳違いという事もあってペアを組んで、市役所対抗戦に臨んで来ました。そんな事で、いろんな思い出があります。けんかをしながらも、テニスでも、仕事でも、よく助けてもらったものです。よしゃこい屋には懐かしいOBの方も沢山来ておられ、沖部長を中心に、思い出話に花を咲かせました。ご本人は還暦、3月には無事退職となられますが、つい先頃、初孫がお出来になったという事で、2重のお喜びです。花束をもらって本当にうれしそうでした。おめでとうございます。

     今年は9月の初めに、広島市役所の担当で、広島大会。来年は呉の担当だそうです。来年は市内のどこでやるか、安浦のグリーピアにもテニスコートはありますし、郷原にもあります。宿泊のお世話や大会運営に、色々と忙しくなりそうです。
  2006/02/16

    ■ワイズメンズクラブ役員会
     6時半からワイズメンズクラブの役員会です。6月末をもって幕を下ろす事になっているワイズですが、今日もその最後の時期を全うしようと言う事で、呉YMCAを会場に、開かれました。今後のスケジュールなども決まりましたが、少し時間があるので、私に何か話を、という事になり、何を話そうかなと思っておりましたが、トルコのエルトウールル号の話をさせて頂きました。

     少し前になりますが、1985年3月17日イラン・イラク戦争は激化の一途をたどっており、イラクのフセイン大統領は「3月19日午後8時をもってイラン上空を飛行する全ての飛行機を撃ち落とす」という声明を出しました。後48時間でタイムリミットです。イランの日本大使館の野村大使は、救援機の派遣を要請しました。イラン駐在の各商社や日本企業の関係者の方々も全員、出国の為、航空機の予約をして翌朝、空港に行くと、各国はフライトを特別便として、自国民優先としていました。テヘランに定期便のない日本の乗客は、はじき出された訳です。日本の自衛隊機も民間機も色々な事情で即、飛べない。在留の邦人には不安が募る。イランに駐留するトルコのイスメット・ベルセル大使は、本国へ日本人の救援を訴え、それに対し本国のオザール首相が応えたのです。トルコ航空では緊急ミーテイングが行われ、危険な任務なので、命令は出せないが、飛んでくれるスタッフはいないか、この問いに多くのスタッフが名乗りを上げたそうです。なぜトルコがそこまでやってくれるのでしょうか。

     実は1890年9月16日、嵐の夜です。和歌山県大島村樫野崎燈台、血だらけの外国人が助けを求めてきました。村人たちは総出で救助にあたり、懸命に看護しました。遭難した船は、トルコから明治天皇への使節団として6月7日に、横浜港に入港、その帰り道、台風に遭遇、沈没したトルコ海軍のエルトウールル号だったんです。犠牲者587名、69名救出。大島村は貧しく土地はやせ、村人の食料もままならない状況だったそうですが、飼っていた鶏さえつぶして、トルコの人達の食料に当てたそうです。回復したトルコの人たちは、日本の軍艦でトルコへ送られました。

     当時のトルコの生存者のチャルバトウールさんのお孫さん・タリさんは「おじいさんから、日本人に本当に良くしてもらったと聞かされました。私も日本人が大好きです。」と語られたそうです。トルコ航空のスタッフは「トルコ人は決して受けた恩を忘れない」と言って2機の飛行機を飛ばしてくれたのでした。

     和歌山県の串本町(当時の大島村を含む)には、トルコ殉難碑やトルコ記念館があるそうですが一度行ってみたいものです。
  2006/02/15

    ■教育経済委員会
     13時から教育経済委員会が、開かれました。5本の行政報告がかかっておりましたが、いずれも大切なテーマです。とりわけ教育委員会の小学校統合基本方針の改定についてと、農林水産部の中央卸売市場の再編については、かなりの論議を呼ぶ命題です。

     学校統合問題は、確かに子供の数が少なくなり複式学級までは行かなくても、学年で一クラス、それもかなり人数の少ない一クラスです。当然一年生から六年生まで、クラス替えはなく、切磋琢磨には、ほど遠い状況です。呉市には小学校が57校ありますが、そのうち35校が統合対象校です。これから、何年もかけて順次統合して行く訳ですが、地元の理解・コンセンサスを得る事は、至難の業です。でも避けては通れない、かつ非常に難しいテーマです。多感な時代に過ごす小学校生活に、呉市の将来を担う子供たちが、どう過ごすのが一番良いのか、・・・と行った視点から、しっかり検討を進めて行く事が求められていると思います。いつかは、断を下さなければなりませんが、とにかく子供第一で、十二分に議論して行かねばなりません。

     中央卸売市場の再編問題においても、時代の流れを感じます。食品の市場流通において産地と小売りの間には、規模拡大からダイレクトに結びつくなど、かつてない関係が生まれてきております。卸売市場の使命が、どんどん変化して来ているという事でしょう。セリのあり方にしても、小売りあるいは消費者サイドからすれば、安いにこした事はありませんが、生産者は少しでも高く値がつけば良いに決まっています。中央卸売市場という看板で品物が集まって来ていた時代は、がらがらと崩れて来ているのではないでしょうか。市場の関係者が荷を集めることに、一層努力し、市民の食生活を、多様に守って行く姿勢が問われてくるのでしょう。市場がどんな形になるにせよ、行政は関わりを持って、産品の流通を守って行く事が必要でしょう。生産者も、仲卸も、小売人も、消費者も、みんなみんな大切な市民なんですから。

     
  2006/02/14

    ■道州制
     昨日、広島の国際会議場で、道州制シンポジュームが開かれました。行ってみたかったのですが、私は所用のため参加できませんでした。経済団体の方や大学の先生方6名のパネリストによるシンポでした。いろんな角度から議論されたようですが、今なぜ道州制なのか。その根っこの部分について、私たちは勉強しておかねばならないでしょう。先進国の中で、なぜ日本だけが未だに中央集権なのか。自治体や国のものすごい借金のつけだけを、将来の子孫に、たらい回ししてよいのか。明治以降、我国に繁栄をもたらしたシステムが今、まさに行き詰まりつつある。ならばどういったシステムによって、この日本を再構築するのか。そんな事を考えながら、昨日のシンポの記事を読ませて頂きました。それはさておき、全国をどういった区分けにするのか。この地方の問題として、さしずめ中国地方と四国地方を一体として進めるのか、分割して進めるのか、というのも大きな問題です。州都の位置、機能を、どこが受け持つのかと行ったところの思惑もあるようです。とまれ四国には四国独自の文化が根付き、ひとつの島として中国地方にはない独自性があるでしょう。三海二山(日本海、瀬戸内海、太平洋、中国山脈、四国山脈)という言葉も以前よく使われた事もありましたが、ここは中国州、四国州と分けるべきではないでしょうか。もっともっと国民的議論に広げて行き、改革のスピードを上げるべきでしょう。そうしないとある日、突然、円は暴落し、日本の信用は失墜すると行った事にもなりかねない様な気がしております。
  2006/02/13

    ■呉稲門会
     月曜日は9時から、会派のミーテイングです。ほぼ月に4回ですが、一度、飛ぶと14日間、約半月あいてしまいます。お互い、膝を交えて情報交換するのは、楽しくもあり、知らなかった事が鮮明にもなり、大変有意義な事だと思っております。遅刻すると5000円の罰金という取り決めになっております。今日はお一人、所用で欠席ですが、10名が顔をそろえました。今週は各常任委員会、20日はいよいよ3月定例会の告示日です。予想される色々な事案に対し、各自の意見を交えながら、情報交換致しました。

     夕刻6時半からは、呉稲門会の総会、阪急ホテルです。今回は思いのほか大勢が出席しておられました。総勢44名のうち市役所からはOBをいれて16名、一大勢力です。久しぶりにお会いした人も沢山おられます。今年の県校友会は三原の担当で来年は呉が担当です。例年大学から総長もお見えになりますし、今年の三原参加もさることながら、来年はしっかりホスト役を務めなければなりません。来年は大和ミュージアムに加えて、海上自衛隊の資料館も完成しているでしょうから、その辺ももてなしの一環として組み込めるのではないでしょうか。ともあれ肩を組み合い大声で都の西北を歌った楽しい夜でした。
  2006/02/11

    ■建国記念の日
     10時少し前、市民会館につきました。舞台の上では、先輩の宮崎さん(宮崎看板社長)が本日式典の看板の取り付け作業中でした。会場は誰もいません。凛とした空気が漂っておりました。市民会館の担当の人に、正面玄関の鍵を開けてもらい、少し打ち合わせを致しました。空調はどうしましょうか。今日は意外と暖かいから、11時から暖房を入れて全体を暖めておき、始まると様子を見て切りましょう。あまり熱いと行けませんから。といった事になりました。そんな話をしているところに、寺田代議士の東京の会館におられる楠木秘書から電話が入りました。楠木秘書は、本日の講師・古賀誠代議士が呉入りされるにあたって、その先導役を、自ら引き受けてくださいました。本当に有り難い事です。その電話によりますと、JAL便の到着が少し遅れている、大和ミュージアム到着は11時は無理でしょう。逐次連絡致します、という事でした。市民会館では、10時半頃にはお世話いただく皆さんが集まってこられましたので、会場の準備はお願いして、私は大和ミュージアムに移動致しました。楠木秘書から次々と連絡が入ります。黒瀬の役場を通過、ただいま阿賀駅前、休山トンネル、堺川のそばです。もうすぐ到着のようです。正面ではなく大和ミュージアムの西側に車をつけてもらうように言って、電話を切り時計を見たら11時20分、これからの古賀代議士のスケジュールが少しタイトです。しかし仕方ありません。講師付き添い役の渡辺議員の判断に任せなければ、などと思いながら到着を待っておりました。

     思いがけず案内役は時間の制約から無理だろうと思っていた戸高館長が、待機してくださっておりました。戸高館長は本日、広島の国際会議場で行われる建国記念日奉祝式典広島会場の講師を務められる事になっております。でも古賀先生とは因縁がある、ぜひお会いしたいと言う事で、時間ギリギリまで残ってくださったという事です。実は戸高館長は呉にお越しいただく前、東京の昭和館に勤務しておられました。ここは日本遺族会の運営で、身分証明書などの発行名義は(財)日本遺族会会長古賀誠となっていたんだそうです。つまり館長ご自身の所属する組織のトップが古賀先生だったという訳です。不思議なご縁です。そんな事で思いがけない対面です。双方喜んでおられましたが、何しろ時間がありません。少し、はしょって頂くよう、戸高館長にお願い致しました。館長ご自身、広島の事が気になっておられた事でしょう。大変有り難うございました。私も古賀先生が自民党の幹事長時代、広島の青年議員連盟にお越しいただいて以来の事でしたし、今日の講師受諾のお礼を言って、後は渡辺市議にお任せして、市民会館に引き返しました。

     12時20分、準備はほぼ完了です。どのくらい来られるか、気になっておりましたが、今は、壇上に上がって頂く来賓の方々がキチッと来ておられるか、それが気がかりです。控え室で古賀先生や呉地方総監などと、待機・談笑していましたが、全員お集まりいただきました。安心致しました。開式5分前、皆さんに、舞台に移動願いました。古賀先生は第2部の講演までは、会場最前列に座って頂きました。式典は例年通り滞りなく終わり第2部の古賀先生の講演です。演題は「戦後民主主義を考える」です。先生ご自身の事ですが、2歳の時、お父様は出征、4歳の時にフイリピン・レイテ・ブラウンにて戦死という連絡が入ったという事でした。三年前62歳の時、初めてレイテを訪れ、沢山残っていた洞窟のひとつに入り、今まで一度も発した事のなかった言葉を、ひとり洞窟の中で発せられたそうです。「おとうーさん!」と。ご自身の体験を交えての、本当に考えさせられるお話でした。講演を聞きながら思い起こしたのは、先頃読んだ藤原正彦著「国家の品格」でした。ここにも同じ趣旨の事が書いてありました。すなわち、戦後の日本は一貫して高い経済成長を遂げて来た。そして我々の暮らしは格段に豊か、便利になった。しかし繁栄の代償に失ったものは、あまりに大きかった。「国家の品格」の喪失である。日本がこの失った「国家の品格」を取り戻す為に、我々は何をどうしたら良いのか。どこから手を付けるべきか。これが問われている。といった事でしょう。全くその通りだと思います。この事をそれぞれが認識するならば、誰に任せるという事ではなく、全国民がそれぞれの立場で、ご自身の廻りから、出来る事から手を付けて行く事が、一番大切な事ではないでしょうか。

     それにしても、今日は建国記念日、国民の休日です。私達が子供の頃、祭日の事を旗日(はたび)と言ったものです。広辞苑をひいてみますと、(各家で国旗を掲げて祝う日。祝祭日。)と書いてあります。今日に限らず、国民の休日には、それなりの意義があります。国旗「日の丸」を各家に掲げてお祝いする風習は、いつ頃から廃れて来たのでしょうか。まずこの辺のところから、取り戻して行きたいものです。国家とは何か、国歌、国旗の意義、もう少し勉強しなければなりませんが、これまでの人生の中で、これらに関し、それぞれが個人的に、体験して来られたことがおありと思います。私もありますが、その事はまたの事として、諸外国が、我が日本より国旗を大切に扱い、誇りに思っている事は、まぎれもない事実でしょう。韓国に行っても、インドネシアに行っても、国旗が翩翻と翻っている風景はあちこちで、いつでも見る事が出来ます。それに引き換え、我が日本では、旗日(はたび)でさえ、廻りをぐるっと見回しても、日の丸が見えません。時に見えるのは、官公庁のみ。誠に残念です。

     いろんな事を思いながらも、本日の式典、無事終了致しました。「建国記念の日を祝う呉市民の会」の理事長として取り組んで来た、大きな荷物が、ひとつ降ろせた事に安堵致しております。皆様のご協力のお陰です。有り難うございました。主催者側の当事者としては、反省すべき点は多々あります。来年の糧にしたいと思っております。

     また今日(日本時間で今日の早朝)は第20回冬季オリンピック・トリノ大会の開幕です。史上最多の80カ国・地域から選手・役員約5000人が参加されたそうです。夜、テレビを見ましたが地上50メートルの聖火台への点火、どれをとっても、すごい演出です。台湾は、チャイニーズ・タイペイと紹介されていました。地域としての紹介です。南北朝鮮は統一旗を掲げての一団です。政治とスポーツ、また常夏の国からの冬季大会への参加。小国からのただ一人の選手、いろんな事を考えさせられます。ともあれ、これからの競技で何本の日の丸が揚がる事でしょうか。今日、建国記念の日に国旗「日の丸」について思いを巡らせている、丁度そのとき、各国が自国の国旗を誇り高く掲げて臨む、冬季オリンピックの開会式が行われるというのも、また奇しき因縁でしょうか。
  2006/02/10

    ■昭和議員懇話会
     今日は10時から広島での会議に、出席致しました。それを済ませて午後は、市の昭和支所で行われた新機軸・昭和議員懇話会と昭和地区の自治会長さんとの、まさに懇話会です。神田議員が市の施策のうち、特に昭和地区に関するものを説明、その後質疑に入りました。各自治会長さんからは、地域の色々な問題点が提起されました。治安の問題もありましたが、主として土木、道路問題が一番多いようです。議員懇話会からは、5名のうち4名が参加致しましたが、我々は、要望が役所にどう受け止められ、現在どのように処理されているのか、今後どういった展開になるのか、よく調べて報告する義務があります。さらには早期に実現するよう、働きかけを強める責任があるでしょう。テーマごとに担当を決めて取り組んで行くつもりです。いずれにしても、現状報告を出来るだけ早くしなければと、思っております。

     19時からは大和ミュージアムで、YACの企画会議。今月18日に行われる黒瀬川での野鳥観察のプログラムについて、時間配分や役割分担など、詳細に打ち合わせ致しました。当日はRCCの取材が入るそうです。3月の安芸灘3号橋見学についても、それに17年度のカリキュラムについても、ざっと話し合いました。あっという間の2時間でした。

     いよいよ明日は、建国記念日。色々と準備をしてきましたが、会場の市民会館に、何人の人が来てくださるか、楽しみと不安が交錯しております。
  2006/02/08

    ■墓参り
     今日は岳父の命日。花を手向けに、墓参致しました。伏原神社の裏手の高台に墓地はあります。お墓に手を合わせ、ふと呉湾に目をやると林立するクレーンに、手が届きそうなくらい近くに見えました。昨夜来の雪の後、空気が冷えて澄みきっているのでしょうか。お墓参りの後、事務所に寄り少々事務整理をし、豊田先生と打ち合わせ、懸案事項を片付けて家路につく頃は、またまた小雪がちらついておりました。

     確定申告の資料作りなど、なかなかはかどりませんが、やっと整理すべき資料が、手元に集められたというところでしょうか。でもやっぱりテレビがいい番組を流しだしたので、そちらへクギ付けになりました。NHK9時15分からの「そのとき歴史が動いた」古代日本最大の戦い・壬申の乱の話です。叔父と甥の戦いだった訳ですが、壮絶だったようです。あちこちに双方の因縁の建造物や寺院が、残っているのが紹介されましたが、訪ねてみたいものです。何しろ、この壮絶な戦いの後、「日本」と名乗る事になった訳ですし、このとき以来、「大君」の事をさかのぼって、天皇と呼ぶ事になったのですから、古代日本の再スタートが、ここから始まったともいえるのでしょう。NHKは色々と良い番組をやってくれるんですが、なかなか見る時間がなくて、とはいえ今日は久しぶりに、テレビの前に落ち着けた夜でした。
  2006/02/07

    ■どうなる皇室典範
     今日の話題は、なんといっても紀子様がご懐妊なさったというニュースでしょう。三番目のお子様が9月か10月に、お生まれになるという事です。皇室典範の改正案を、今国会に提出すると小泉総理はいっておられますが、果たしてどうなるのか。もし男子だったらとか・・・・、いろんな事がいわれており、騒がしい限りですが、できるだけそっとしておいてあげれば、というのが素直な気持ちです。でも色々暗いニュースが多い中、文字通り明るいニュースでした。
  2006/02/06

    ■銀世界
     朝7時、新聞を取りに出てみると、一面、銀世界、まだどんどん降り積もっていました。今日は10時から教育経済委員会があります。所管事務調査の委員長報告のとりまとめです。雪で道路事情が悪いので、早目に家をでました。私の車はスノーラジアルをはいていますので、無茶な運転さえしなければ、問題ありません。それにしてもかなり積もっています。呉市内におりても、雪は激しく降っておりました。委員会を終えて事務所に戻り、広から来る友人を待って、一緒に食事をしました。これからの呉市の事など話をしながら、色々とアドバイスを頂きました。

     1時からは後援会長の豊田先生と打ち合わせ。40分ほどで、済ませて、ボンボン雪の降る中を市役所へ。同僚議員と広島八丁堀シャンテで行われた広島県市議会議長会主催の議員研修会(西部ブロック)に出席する為です。講師は日銀広島支店長・迫田敏高さんです。「豊かで活力に満ちた広島県の実現に向けて」というタイトルでしたが、さすが日銀の支店長だけあって、日本経済の現状から景気動向など、為替データや17年12月の短観(日本銀行全国企業短期経済観測調査)データなどを使って今後の動向などを話されました。デフレ脱却まで、もう少しといったところでしょうが、定量的な話ばかりではなく、先頃のベストセラー藤原正彦先生の「国家の品格」などを紹介しながら、これからの「地方の時代」では「豊かさ」の尺度の転換が必要である。そういった観点からの戦略がポイントであるといったお話は、大変興味を引かれました。とまれ、なかなか面白い話でした。
  2006/02/05

    ■雑感
     昨日から北京で日本と北朝鮮の政府間協議が再開されました。拉致問題・核やミサイルなどの安全保障・国交正常化、三つの分野を並行して協議して行くという新しい方式です。決裂、中断、再開を繰り返してきましたが、今度は中断する事なくぜひ進展させてもらいたいものです。

     中古の宇宙服に送信機を積んだ世界初の宇宙服衛星「スーツサット1」が国際宇宙ステーションを発進しました。日本語を含む6カ国語で録音された子供たちのメッセージを送信するという事です。アマチュア無線の受信機で受信できるらしいので家の受信機でトライしてみようと思っております。

     神戸では、またまた電車の脱線事故です。本当にいろんな事が、世界中でおこっています。出来る事なら楽しいニュースばかりなら良いんですが。そんなのはやはり無理でしょうね。

     夕食後、久しぶりにゴルフの打ちっぱなしに出かけました。アプローチがどうもうまく行きません。アプローチばかり徹底的にしばらく練習してみようと思っております。でも体を動かすというのは、本当に気持ちがよいものです。私は、小中高を通じて、とにかく体育と工作の時間が一番楽しかったものです。
  2006/02/03

    ■グリーンピア瀬戸内
     今日は会派の研修会です。林田議員の地元・安浦町の現状と建設計画との関係等を、現地視察する事になっており、その後グリーピア瀬戸内にてミーテイングの予定が組み込まれておりました。私は、市内で大切な打ち合わせなどスケジュールが入っており、遅れて参加致しました。呉市が買い取り、アルファヴィラ社に運営を任せたグリーンピアが、どんなになっているか、興味もありました。

     ロケーションは最高ですし、やはりプロの経営プロの教育がよく行き届いているんでしょうか、従業員の皆さんの応対が、きびきびしており、非常に気持ちがよく、さすがだなあと感じました。お風呂にも入りましたが、露天風呂はあるしサウナもあって非常に快適です。うまく宣伝すれば、かなりいけるんではないでしょうか。皆さんも一度、行かれてはどうですか。近場にも良い宿泊施設があるんです。海あり、山あり、自然も豊富です。呉市民から応援してゆきたいものです。私は去年の夏に、孫たちと野呂山のロッジにもいってみました。ここは呉市の直営ですが、スタッフの方がまた素晴らしかったのを思い起こしております。夜の星空観察の案内をされたり、食事の配膳でもきびきびと動いておられ、また来てみたいと思ったものです。

     呉市も合併によって、あちこちに宿泊施設を抱えるようになりました。皆さんにお勧めするにも、まず自分が泊まってみない事には実感がともないません。少しずつですが、時間を見つけて、一度は全ての施設を利用してみようと思っております。

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