コラム

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こちらでは、私 竹川和登が出会い、目にしたもの感じたことを直感的に書き綴っています。
  2005/12/30

    ■青春切符
     今日は大阪まで日帰りで行ってきました。呉〜大阪の往復で、2300円。青春切符・その日のうちなら、どこまで行っても2300円。朝6時20分頃、家を出て呉線、山陽本線、快速、新快速、鈍行、と乗り継いで昼過ぎ、大阪梅田着。池田の兄貴のところへ年末の挨拶に行きました。阪急の石橋駅で降りて駅前商店街を通り抜けましたが、年末の雑踏の中、所変わればナントやらで、色んな物を売っていました。なかなか楽しい商店街です。帰りは阪急百貨店に寄り、夕方5時、梅田発の姫路行き快速に乗りました。乗り継ぎ、乗り継ぎで呉についたのは午後11時頃。それにしても各地各地の風物詩を見ながらの、長い長い旅でした。帰りに三原から乗った呉線の電車は新型で、ワンマンカーでした。ドアの横に押しボタンがあり、自分でボタンを押してドアを開け、乗り込んだらまたボタンを押してドアを閉める。初めての経験でした。

     昨年でしたか、ラオスから茨城大学に留学しているカンパソン君たちが青春切符で呉までやってきた事が思い出されます。あの時は何時間かかったのでしょうか。呉でのホームステイを梶山議員にお世話になり、カンパソン君も大変喜んでいたのですが、今頃は母国に帰り、国のために活躍している事でしょう。その青春切符を今日は、私も利用させて頂きました。なかなかいいものでした。何時までこの切符で旅をする事が出来るでしょうか。体力的にも、気分的にも、いつまでも鍛えに鍛えておきたいものです。
  2005/12/28

    ■仕事納め
     今日12月28日は、官公庁の仕事納めの日です。我が会派は15時集合、部屋の片付けを全員で行い、年末最後のミーテイングを行う事と決めておりました。でもでも私自身は仕掛かりの仕事が、多く残っており、9時に登庁、つばき会館へ行ったり、本庁へ引き返したり、色々打ち合わせをこなしました。会派の部屋に入ったのは15時08分。我が会派のミーテイングは事前の申し出なく欠席した場合、もしくは遅刻した場合、5000円の罰金と、取り決めてあります。ただし遅刻の場合10分間の猶予が認められております。罰金、覚悟で駆け込みましたが、辛くもセーフ。ヤレヤレでした。

     実はこのミーテイング、平成3年の市民クラブ結成の時から、会派の変遷はありましたが、ずっと続いております。会派のメンバーが常に同質、同量の情報を共有しようと言う事で始まったものです。メンバーはそれぞれの立場で、それぞれ異なる情報を毎日得ている事でしょう。その情報をひとつのテーブルの上に出し、共有しようと言う事です。市役所の中の事、呉市内の事、全国の事、自身が知り得なかった事も知る事が出来、本当に有意義です。ずっと続けて行きたい取り決めです。(定例的には月曜日の朝9時からと決まっております。何回か、遅刻して、かなり会派のフアンドには貢献している私です。)

     我が会派にはれっきとした宮司がおられます。川尻の梶山先生です。本日すす払いのなった会派の部屋に神棚をしつらえてもらいました。梶山先生を先頭に、二礼二拍手一礼、本年の感謝と来るべき平成18年の平穏無事を祈願致しました。神棚準備にあたってはもちろん梶山先生に負うところ大ですが、神田副議長や林田先生が、榊を買いに走ったり、大麻を奉納したり、御苦労されました。本当に和気あいあいとした、風通しのいい素晴らしい会派だと自負しております。

     夕刻からは役所の各部署から年末の挨拶に訪れてこられ、本年の公務も幕を閉じました。年始は1月4日からですが、今年もあと三日残っています。家の方の片付けも急ピッチをあげなければなりません。急ぎつつも怪我のないように、大地に足を踏ん張って、ひとつひとつこなして行きたいと思っております。
  2005/12/25

    ■雑多な片付け
     今年最後の日曜日、次の日曜日は年が明けて、平成18年です。軽量鉄骨製のガレージで塗装がはがれていた部分に、ペンキを塗ったり、玄関の外にある電灯が古くなってグラグラしているので取り替えたり、窓ガラスに結露防止のテープを張ったり、色々やりました。電気工事は前の家の方がプロなので、助っ人。玄関前は葉牡丹の寄せ植えを並べて、庭の南天の実を折ってきて色を添えてやりました。我が家にやってくる人が「竹川さんも見かけによらず、なかなかやるんですね。」と冷やかして行かれます。実は、私は土をいじったり、金槌をもったりするのが、大好きなんです。でも今年は好きなゴルフクラブを持つのも、のこぎりを持つのも思ったほど出来ませんでした。何事をするにも流されていては出来ません。やろうと思えば、時間配分に心がけて、合間を縫って取り組めば、結構やれるもんです。今日はプライベートな事ばかり、しっかり消化しました。明日から今年最後の週、しっかり頑張ります。    
  2005/12/24

    ■18年度予算政府案決まる
     本日午前の臨時閣議で来年度予算の政府案が決定されました。一般会計で見ますと、79兆6860億円・今年度当初予算比で3.0%減、8年ぶりに80兆円を割る緊縮予算です。まさに小さな政府を目指すという事でしょう。歳出は軒並み前年比マイナスですが、社会保障費だけは0.9%の伸びで過去最高、全体の44.4%を締めるに至りました。額にして実に20兆5739億円です。そのうち社会保険費が16兆1620億円で1.9%の伸びです。ものすごいウエイトです。これを受けて呉市の次年度予算も、年が明けるといろんな作業が一気にスピードアップされてきます。水面下でどんな動きがなされているのか・政府や県の動きは・社会の動いていく方向は・そのニーズは・見合う税収、歳入はあるのか・・・・・・・必死で勉強しても、ついて行くだけでも大変です。合併で市域が大きくなっておりますので、それこそ色々な思いもよらない費目が、多く出てくる事でしょう。とにかく政府案は、3.0%の減・80兆円を切りました。

     今日のニュースで、もうひとつ。人口減少社会が始まったという事です。この日本に住む日本人の自然増加数が、統計を取り始めた1899年(明治32年)以来、初めてマイナスになる事が明らかになりました。合計特殊出生率(1人の女性が生涯に生む子供の数)においては、人口の現状維持に必要なのは2.08という事ですがその2.08を割り始めたのは、1974年からだそうです。でも人生50年と言われてきた時代から世界一の長寿国になった現在、子供の数が少なくても日本の人口は増え続けておりました。ところがです。今回の発表によりますと、明治以来、初めて人口が減り始める事になりました。1989年の特殊出生率が1.57に低下、1966年の「ひのえうま」をも下回った事から「1.57ショック」と騒がれ政府はようやく少子化対策を取り始め、15年が経過致しましたが、実効が上がっているとは思えません。呉市出身の厚生省・岡光事務次官がゴールドプランをまとめられた頃は出生率は、もう少し高かったと思いますが、それでもチャイルドショックという言葉を使われ、このままでは、日本の人口は100年後には半分になる。計算上では、600年後でゼロとなる・・・警鐘を鳴らされたのが思い起こされます。福祉予算の増大と人口減少。ヨーロッパ各国が100年かけて、体験してきた事を、我が日本はわずかの年月で遭遇する。よほど大胆に、スピーデイに政策決定、実行して行かなければならないでしょう。いろんな意見を皆さんお持ちでしょうが、人口減少が続くと、トータルの経済成長は当然、困難になってくるでしょう。支えたり支えられたりで成り立っている年金、医療、介護など社会保障制度は立ち行かなくなるでしょう。国も地方も、会社も、個人も、皆で本当に真剣に考えて行かねばなりません。私は、やはり「何をしてもらえるかと言う前に、自分はこの社会に何が貢献できるか」の視点をもって、考えて行きたいと思っております。
  2005/12/23

    ■釜山東莱 禹長春記念館
     今日は天皇誕生日・祝日です。この休日に、新潮新書の国家の品格という本を読んでいます。現在お茶の水女子大学の教授で数学者の藤原正彦氏が書かれたものです。元来、数学者というものは論理優先の方だとばかり思っておりましたが、この本の帯には・資本主義の勝利は幻想・情緒の文明を誇れ・英語より国語と漢字・論理の限界を知る・卑怯を憎む心、惻隠の情の大切さ・跪く心を忘れない・武士道精神の復興を・古典を読め・家族愛、郷土愛、祖国愛、人類愛・国際貢献など不要・重要なのは「文学」と「芸術」と「数学」・真のエリートを求める等々、おおよそ論理より情緒、精神を重視の論調です。非常に共感できる内容で一気に読み進んでおります。

     それはさておき、昨日、帰ってきた韓国釜山で表題に掲げた禹長春記念館に行ってきました。韓国初日の20日の午後少し時間が取れましたので、コモドホテルから車を飛ばして東莱の園芸試験場跡に出来た記念館まで往復約2時間半かけて行ってきました。禹博士(1898〜1959)は韓国農業の父として知られキムチ用白菜、江原道じゃがいも、済州島みかん等、各種の種子開発に貢献した世界的な農学者ですが、実は現在の三津田高校の前身「呉一中」の出身なんです。閔妃暗殺に加わり日本に亡命した父・禹範善と日本人・酒井ナカとの間に広島県の安芸郡で生まれました。父は博士が5歳の時、韓国から来た刺客によって暗殺され、今も神応院にお墓があります。母は博士を朝鮮人としての自覚と誇りを持つよう育て上げられました。1950年3月、博士は李承晩大統領の招きを受けて、渡韓し東莱園芸試験場の初代場長となって韓国農業に尽くしたのです。この事は作家・角田房子著「わが祖国ー禹博士の運命の種」に詳しく記してありますが、まぎれもなく呉市に暮らしておられたのです。記念館に行って博士の生い立ちのパネルの前に立ち、読み進んでいきますと(ハングルで書いてありましたので、よく判りません。)広島とか呉の文字が漢字で書かれてありました。感激でした。でもお父様の禹範善の事については触れられていません。事実は小説より奇なりと言いますが、まさにといった気持ちです。呉と韓国、いろんな事があるんですね。もっともっと勉強というか、事実を知ってゆきたいと思っております。
  2005/12/22

    ■姉妹都市「鎮海市訪問」
     12月20日から2泊3日で姉妹都市の鎮海に行ってきました。鎮海市とは平成11年10月に、ここ呉市において両市長のサインをもって姉妹都市の提携が行われました。既にアメリカのブレマトン市、スペインのマルベージャ市との間で縁組みが行われておりましたので、海外としては三つ目です。私は平成3年の市議会初当選以来、アジア都市との連携、とりわけ韓国との交流を深める事が、大変重要であるとの認識を持って、主張を続けてきました。

     平成3年4月初当選、5月の臨時議会を経ての初めての定例6月議会、その場において私は会派を代表して代表質問をさせて頂きました。その時の質問においても地方都市における国際交流、とりわけ日韓の交流の大切さを、訴えました。その時の質問原稿は、このホームページの代表質問の欄に載せておりますので、一度、覗いてみてください。その後、呉市日韓友好議員連盟の立ち上げに走り回り、事務局長につかせて頂きました。爾来、広島への韓国領事館の誘致、平和公園の外にあった先の大戦の韓国人犠牲者の碑を公園内に移設する運動等に参画、実現致しました。そんな中での呉市と韓国との国際交流について当時の誘致なった領事館のヤアン・ケワ領事には適切なアドバイスと鎮海市との連絡に大変なお骨折りを頂きました。

     結果、日本とは縁の深い韓国海軍士官学校のある鎮海市との姉妹縁組みが成就した事を大変うれしく思っております。提携を機に呉市日韓友好議員連盟を、「呉・鎮海友好議員連盟」に改組、専務理事につかせて頂きました・・・いろんな思いを巡らしながら、調印された両市長の退任を機に一度議員連盟で尋ねようと言う事になり、今回の訪問となって次第です。(鎮海市の金市長は来年の6月末をもって、3期12年の市長の座を辞される事となっております。)  長い前置きでしたが行って参りました。広大な埋め立て、これは完成後、釜山・鎮海フリータックスゾーンとしてまた5万トン級の船が一度に50隻、接岸できる広大な岸壁をもつ港湾として活用されるとの事でした。鎮海市沖合の島(呉で言えば情島でしょうか)を市で買い取って橋を架け、そこに海軍の世界の海戦史を展示したり、韓国海軍の退役した艦船をまるごと接岸係留し、中を自由に見学できるようにするなど、すでに一部でき上がっておりました。役所としてはここまでで、さらには民活導入だそうです。市庁舎も新しい場所へ立て替えも既に完了しており驚く変貌ぶりです。金市長のリーダーシップを議会の人達は口々に賞賛しておられました。

     我々は歓待を受け、名残惜しく釜山のコモドホテルに引き返したのは21日の夜遅くでした。22日は朝8時、ホテル出発、釜山空港からKE783便に乗り込みました。釜山や鎮海では珍しい雪に見舞われた旅でしたが、福岡着陸寸前にまたハプニング、機体は強風のため急上昇、15分後の着陸やりなおし。揺れがひどく後ろの韓国のご夫人は気分が悪くなられ、スチュワーデスに酸素吸入を受けるやら、体をガードして貰うやら大変でした。新幹線も影響で大幅遅れ、でも無事帰って参りました。
  2005/12/18

    ■室内でのゴルフコンペ
     朝6時40分電話が鳴りました。受話器を取ると、宮原会ゴルフコンペの幹事・神田さんからでした。「先輩、今日は雪で山がクローズです。ミーテイングだけは、やりますので5時に、森沢ホテルに来てください。」誠に残念。でも昨晩の様子から予想はされましたが。今年最後のコンペ、中止ですが宮原会ゴルフ同好会の忘年会という事もあって、20名出走予定全員が雪にもめげず、森沢に集まりました。宴会場に入ってビックリ。アプローチの練習機がしつらえてあるではありませんか。どうもこのアプローチで勝負するようです。

     小松同好会会長の挨拶で始まり、テーブルごとに、すき焼きやふぐ鍋をつつきながらひとしきり談笑が進んだ所で、いよいよアプローチ合戦。一人ずつ、5回、室内用の飛ばない球を打つ訳です。順番は年長から。14回生は私と住岡君、丁度、真ん中くらいでした。住岡君は5発のうち3発ネットイン、私は1発。みなさんお上手です。宴席の隣はゴルフ・シングルの高岡先輩、楽しい話をしながら、幹事の仕掛けた多彩な趣向を織り交ぜてあっという間の3時間でした。時計を見たらもう8時。締めに来年の同好会会長・船木さんの挨拶「しっかり努めさせて頂きます。100パーセントのお世話は出来ませんが、120パーセントやらせて頂きます。」という素晴らしいものでした。お世話になります。来年の健闘をお互い祈りつつ、たらば蟹やお米、・・・多くのお土産を貰って、散会致しました。(アプローチもっと練習します。)
  2005/12/17

    ■大寒波到来と呉フリートと竹和会
     午前中、石村石油の社長(同級生)から電話が入りました。昨日、頼んでおいたスノーラジアルが今日午前中、入荷するので午後から付け替えてやるよ・との事。娘の車デミオ用です。早速デミオに乗って事務所に行き、少し仕事をしてから、石村石油に行きました。風がきつくて多少黒い雪雲が出ていました。

     これで何時、雪が降っても安心ですね。ダンロップにも、もう冬用タイヤがないそうですよ。といった話を聞きながら交換してもらいました。夕刻からは忘年会が二つ。ひとつはレクレビル3階の焼き肉サカイであった呉フリートの越年会。久しぶりに広島フリートのキャプテン・金井さんや呉のキャプテン・永沼さん(同級生)らに会いましたが、もうひとつの忘年会が私の竹和会なので、そそくさと焼き肉サカイを後にして会場のカンコーへ急ぎました。

     会長の豊田先生を始め約50名、この寒さの中でよく来て頂けました。本当に感謝、感謝です。皆で1年を振り返りながらワイワイやりました。同級生は既に還暦通過組、もちろん女性もいるので還暦、還暦では歳が、ばれるという事で、チョット具合が悪いのですが致し方ありません。みんな定年なんですから。2次会もセットされていて、中通へ繰り出しました。お店で他のグループが既に盛り上がっておりましたが、その中に知った顔がちらほら、広島からの方もおられました。チョットこちらに来いという事で、行ったり来たり、そのうち仲間にお家から(焼山方面)電話が入りだしました。雪がジャンジャン降っているから早く帰った方がいいよ・という奥さんや、娘さんからの電話やメールです。早速タクシーを呼ぶものもありましたが冬装備の車を回しますのでチョット待ってくだい・・・・・・・。店のドアを開けてみると外はふぶき。我々も、盛り上がっていましたが切り上げる事にしました。

     私の車は既に冬用タイヤを装着しておりましたし、ウーロン茶しか飲んでおりませんでしたので焼山のお二人を乗っけて帰る事にしました。車に乗り込んだ所に、先にタクシーで帰った二人の友人から電話が入りました。ひとりはもう家についているが、早く帰った方がいい、雪がひどいとの話。一人は平谷線の途中でタクシーが動かないとの情報。どちらも同級生ならでは有り難い電話。旧道を通る事を決断し、そちらに入りました。途中で平谷線を見ると車が数珠つなぎ。こちらはスイスイ。お陰でお二人をお家に送り届けても11時過ぎには我が家にたどり着きました。ヤレヤレです。明日は宮原会の今年最後のコンペ、7時15分(早い!)郷原カントリー集合です。このぶんでは積雪でクローズになるのではないでしょうか。
  2005/12/16

    ■12月定例会終わる
     12月8日から始まった定例会も本日、すべての議案を審議、討論、採決し議了いたしました。本会議に先立って9時半から議会運営委員会が開かれ、本日の議事運営、討論の順位等々が話し合われました。その中で3月定例会の現時点における予定スケジュールも提示されました。2月の半ばから定例会前の委員会審議が始まり、後半から本会議が召集される予定ですが、3月定例会は次年度予算が審議される約一ヶ月の長丁場です。これから年末の予定をこなしたらすぐ新年、2月の建国記念日の式典もあっという間にやってきそうです。庶務的な諸準備、当日の動員、色々な事が気がかりですが、まさに「やるしかない」の心境です。本当に「光陰矢の如し」とはよく言ったものですね。

     建国記念日を祝う呉市民の会の賛助会員として登録して頂いている同僚議員に、年次会費1万円の納入をお願いしたところ、即座に皆さん出してくださいました。本当に有り難い事です。皆さんに感謝申し上げます。その分、中身をしっかりやらなければと肝に銘じております。

     大寒波到来です。風邪を引かないよう自己管理しながら、2月から始まる3月定例会に元気で望めるよう、日々の仕事をこなして行きたいと思っております。
  2005/12/15

    ■呉ワイズメンズクラブ幕を下ろす
     今日も色々ありました。でもでも一番はワイズメンズクラブ12月定例役員会です。6時から初勢ビル1階の「お兄ちゃんの店」集合です。時間が刻々迫る頃、私は宇宙少年団呉やまと分団の18年度のカリキュラムの下打ち合わせのため、大和ミュージアムの4階研修室におりました。呉高専の藤井先生に来てもらって呉分団のリーダーとして今後ご協力をいただけないか、お願いしておりました。返事はOKです。藤井先生は呉ヨット連盟の理事長も努めておられますし、子供ヨット教室を企画される等その行動力、企画力は抜群です。私も平成8年の広島国体のヨット競技の準備、実行のためご一緒に仕事をさせて頂き、大変お世話になっている方です。このたびまた無理なお願いをした訳ですが快く受けて頂き、本当に喜んでいます。海辺のプログラムのみならず、呉高専での行事等も非常にスムーズに運ぶ事でしょう。感謝、感謝です。

     大和ミュージアムに行く時は大抵、中央桟橋の駐車場に車を入れます。100円硬貨三枚を入れるのももどかしく車を出して初勢ビルに駆けつけてドアをあけると、まさに乾杯のチョット前、ぎりぎりセーフでした。乾杯の後すぐ古谷会長が、皆さんの意見を聞きたいと切り出されたのは、表題の件です。YMCAが呉を撤退する中で我々のクラブをどうするかという命題です。奥川兄が司会をされ一人一人意見を聞かれました。皆さんほぼ同意見。廃止する事になりました。ワイズメンズクラブがYMCAのサービスクラブである以上当然の帰結でしょう。思えば私が議員になりたての頃、呉クラブ発足の計画が持ち上がり、私もチャーターメンバーとして参画、四万十川というフェリーを借り切ってチャーターナイトをやった事が甦ります。私自身、脱会せずによく持ったものです。やはりメンバーがすばらしい。本当に他のクラブから羨ましがられるほどチームワークがよく、何をやっても皆が一生懸命です。東広島クラブのスポンサークラブになるまで頑張ってきましたが、支援すべき呉YMCAが無くなるのですから、致し方ありません。呉クラブの最後はキッチリ、しっかりやって有終の美を飾ろうという奥川兄の意見にみんな頷きました。できればこの団結を生かし、温存してなにか奉仕活動に再び取り組みたいものです。
  2005/12/14

    ■教育経済委員会
     10時から民生交通委員会、13時から教育経済委員会が開かれました。私は現在、教育経済委員会に所属しておりますのでそちらに出席致しました。かかった議案は農林水産部、商工観光部、教育委員会関係の指定管理者制度に関わる条例整備事案がメインでした。

     平成15年6月に地方自治法が改正され(平成15年9月施行)現に管理運営を委託している「公の施設」(市が設置し現に行政目的に使用している施設)については、指定管理者制度への転換が必要とされ、管理を委託している「公の施設」全てに適用される事となりました。

     今まで「公の施設」の管理が出来るのは組合などの公共的団体、自治体の出資法人などに限定され、設置者(市)と相手方間で私法上の契約である「委託契約」を締結しておりましたが、指定管理者制度では「公の施設」の管理を行おうとするものが管理の方法、費用について業務計画を作成した上で、設置者に対し「指定」の申請を行い、設置者は最も適した計画を提出した者を選定し地方自治法に基づき、議会の承認を経て「指定」という行政処分を行う事により相手方を確定するものであり、具体的な業務内容、委託費用などについては「指定」を受けた相手方と設置者(市)が協議の上、協定等によって定めるべきものとされております。 

     これには経過措置が設けられており、従来より管理業務を委託してきた施設にあっては、法の施行から3年間(平成18年9月)までは従前の方式を継続することが出来るとされております。

     対象となる施設は本委員会だけでも、スポーツ施設、文化施設、観光施設、教育施設・・・・非常に多く他の委員会分を加えると膨大です。そのひとつひとつの施設に指定管理者制度を導入する場合の問題点をしっかり審議するのは至難の業です。議員からも個別に審議したいが、こうやって一時に上程されると戸惑うといったような意見も出ておりました。

     今回は経過措置の期限が切れる来年の9月を睨んでの「出来る規定」の条例整備ですからやむを得ないとは思いますが、私に言わせれば、次年度予算を年明けには審議しなければならないこの時期なぜ上程したのか。15年に地方自治法は改訂されたのですから、もっと早い時期に条例整備をやっておくべきではなかったのか。その上で指定管理者の選定方針(施設によって違ってくるとは思いますが)を時間をかけてよく検討し、その方法、選考過程、など等を議会にも相談なさるべきとは思うのですが。

     ともあれ立法の精神、目的をしっかり理解されて作業を進めて頂きたいと思っております。そもそも、指定管理者制度とは政策目的を実現するための手段、すなわち政策執行手段に関する制度の問題であって導入するかしないかという意思決定には、政策目的自体の変更は含まれてはいません。いいかえれば指定管理者制度を導入したがために政策目的が変わってしまった等という事はあってはならないのであります。

     対象となる施設の存在について政策目的自体が明確化されないまま(担当部局が明確な認識をもたないまま)事務的に処理が進んでゆくような事があってはなりません。政策目的が明確であれば、それを実現する手段として、直営が良いのか、あるいは民間委託が良いのか、自ずと明らかになってくると思われます。

     さらに指定管理者になったものが指定した側(市の行政当局であり本来的には市民)の意思に基づき効率的に業務を行うための条件として、常に努力し続けるような競争原理が働く環境が必要でしょう。競争原理が働かなければ向上はあり得ません。また指定後の評価システムもしっかりビルトインしておかなければなりません。

     考えれば考えるほど多くの問題を内蔵しているテーマです。皆でしっかり考えて本来の政策目的が達成されるよう制度運営してゆきたいものです。
  2005/12/12

    ■委員会付託
     9時30分から開かれた議会運営委員会で、本日の議事運営を話し合いました。10時から本会議。議案質疑の後、各議案はそれぞれ所管の常任委員会に付託され審議される事となっております。今回は各施設の指定管理者制度導入の条例改正案がめだっております。はたして各施設・施設がすべて指定管理者になじむのかどうか、どこに任せるのか、最もふさわしい管理者を選定したのかどうか、その選考過程は公正であったか、等々しっかりとウオッチしていかなければならないと考えております。もっとも今回の条例改正は、導入する事が出来る旨の法整備ではあるんですが。


     6時からはひばりケ丘の仲間の人達と忘年会。日頃大変お世話になっている方々ばかりです。みなさん団地からタクシーに相乗り、中通りにおりてこられるんですが、私は仕事の都合で、1次会のお店で合流させていただきました。おいしい料理に舌鼓をうちながら団地の話題や世界情勢に至るまで、それはそれは楽しい会食でした。2次会はいつものお店に移動してカラオケタイム。みなさん本当にお上手です。これも日頃、訓練、鍛錬、練習を積んでおられるんでしょうね。昨日のテニス、今日のカラオケ、何事も日頃が肝心なのは間違いありません。忘年会も今週がピーク、それにしても冷え込みが厳しいですね。焼山にあがる頃は雪がパラついていました。
  2005/12/11

    ■ソフトテニス百歳会 納会
     今日は久しぶりにテニスです。9時から呉市営コートで行われた百歳会の納会大会に参加。2部リーグで4試合やりました。朝のうち、曇っておりましたが、そのうち太陽も顔を出しコンデシヨンもあがってきました。試合をすると本当に暖かくなります。日頃練習をしていないのがいきなり試合ですから、いい結果が出る訳がありません。でもでもナイスボレーが2本ありました。竹川さんは練習を全然しないのに、結構あたりますね。と。やはり何事も日頃が肝心。毎日訓練、鍛錬、練習を積んでおく、この積み重ねこそがいざという時に結果につながる。そういう事ではないでしょうか。反省しきりです。午前2試合、午後2試合、お昼は一心の細うどん。(試合の結果はナイショ)参加賞をいただきました。                   
                                             
     6時からは場所を阪急ホテルの5階に移して納会・忘年会の部。歌あり、踊りありの楽しいひとときでした。1時間半ほどでもうひとつの忘年会会場・中通の方へ移動させていただきました。こちらも懐かしい人との出会いです。鍋をつつきながらのカラオケです。時計を見ると10時過ぎでした。日曜日ですからスタンドは開いていませんし、明日からにそなえてまっすぐ家路につきました。よく体を動かした爽快な一日でした。
  2005/12/09

    ■建国記念の日を祝う呉市民の会 理事会
     今日は、本会議二日目です。3名の代表質問が議題です。昨日と会わせて7名全員が終わりました。来週月曜日、上程された各議案の委員会付託を終えて、火曜日からいよいよ委員会審議です。

     3時半からは大之木本館において建国記念関係の理事会です。もちろん18年2月11日の式典についてが議題ですが、本日新たに、北川一清議員が理事に選任されました。PR用チラシもポスターも印刷が全て理事会までに出来上がり、本日の会議で配布する事が出来ました。来年の会場は市民会館ですので動員が大変です。ゲストスピーカーは古賀誠先生で、演題は「戦後民主主義を考える」と決めていただきました。1月に直前理事会を開き、後は本番です。これから看板の手配や当日用パンフレット、年会費集め、来賓案内状の送付・・・・・色々な作業が沢山あります。漏れのないようにこなしてゆかねばなりません。今日の理事会は体調を崩された方が多くて、欠席が目立ちました。私も健康管理に留意して理事長としての職責を果たしてゆきたいと思っております。

     6時からは、ご近所の方のお通夜にいって参りました。まだまだお若いのですが、もうお顔が見れないと思うと、誠に残念です。隣では他のお通夜が準備されておりました。急に冷え込んで参りましたので、お葬式も多くなっているのでしょうか。呉のホールが一杯で焼山でやられるそうです。
  2005/12/08

    ■12月定例会始まる
     今日から呉市議会12月定例会が始まりました。いよいよ小村市長の登場です。初日は各会派のうち4人の代表質問。皆さん市長選でのマニフェストを取り上げ、その実現へのタイムスケジュール、手法の質問が中心でした。我が会派の林田議員も3人目に登場、農業センサスを織り交ぜた格調の高い質問でした。やっぱり準備をしっかりなさっておられるという事でしょう。立派でした。市長の答弁が気になっておりました。呉線複線化については全力で取り組むとされ、対象は呉駅から海田市駅間とし、18年度予算に調査費を盛り込むとの事でした。250億とも試算されるその費用をJRが負担してくれる事は到底考えられませんし、関係町との合意形成も大変でしょう。この計画が仮に前に進むとしても大方の費用は呉市の負担つまりは呉市民の税金投入となる訳です。私個人の意見としては、すれ違い駅を3駅作り最少の費用で1時間に5本の電車を走らせる事を可能にした現在のダイヤ編成で十分だと考えております。主な理由は*まず需要と供給の問題です。例えば複線化して5分間隔に電車を走らせたとしてもその需要はあるのか、という事です。*また膨大な資金をどう調達するのか、調達できたとしても、その資金はレールより他に投入すべきではないか。*モータリージェイションが進む今、道路整備に資金を投入する事こそ急務だと思えるのですが。*さらに福祉分野、教育分野、資金需要は目白押しではないでしょうか。いずれにしても複線化に全力投球すると言われる新市長のプロジェクトは調査費をつけると言われた今日から動き始めました。
     心配していた天応へのガン治療施設誘致問題に就いては、特定目的会社の方とも年内にあって誘致委員会を立ち上げ全力で取り組むと明言されました。大歓迎です。大和ミュージアムについては、博物館本来の趣旨から独立採算は無理であると認識している。民営化と言った事はない。新聞記事が一人歩きしている。ただ機動的に運営できるような体制整備をしてゆきたいと言ったようなお考えでした。これも一安心です。

     我々議員も真剣に呉市の行く末を考えてゆかねばなりません。当然ですが自らの意見を持ち、発言すべきは発言してゆかねばならないと考えております。その際の視点はやはり・「どの道を行くのが呉市民の幸せになるか」ではないでしょうか。
  2005/12/07

    ■雑感
     連日テレビは、マンションの構造設計オンパレードです。国会の喚問や各方面からのコメント、新聞の記事、色々な考え方や新たな情報が報じられています。NHKのクローズアップ現代では犯罪被害者の救済問題が取り上げられていました。6、7年前の下関の事件もケーススタデイされていました。車で突っ込んで何人かを殺傷、その後ナイフでさらに数人を殺傷という事件です。車でやられた人達には自賠責が出ました。ナイフで被害にあった人達には死亡した人と怪我をした人では対応が分かれましたが、今の法体系では犯人は刑に服しますが、いかに民事で提訴し勝訴判決が出たとしても、当事者に支払い能力がなければ、被害者の泣き寝入りが現実です。被害に遭われた方はやりきれない事でしょう。気持ちの問題だけではなく、現実、後遺症で働く事も出来ず経済的に立ちいかなくなっておられます。一家の大黒柱が殺害されて残された家族の問題も取り上げられていました。どんな事件でも加害者があれば、当然被害者があります。加害者の処罰は当然ですが、被害者の救済、支援と言った問題が陰に隠れがちですが、一番重要ではないでしょうか。難しい問題を多く内蔵しているとは思いますが、真剣に考えていかねばならない問題だと思います。

     今日は鎮海市との連絡やら、建国記念日の理事会で配布する資料作り、それを持っての打ち合わせ、色々やりました。資料もそろいましたし、チラシ、ポスターの発注も済ませました。ユニックスのご協力で12/9・3時半からの理事会に間に合いそうです。ひとまずホットしている所です。年賀状の原版もやっと出来ました。宛名を書くのは家内の担当です。これもヤレヤレです。時計を見たら午前2時前でした。
  2005/12/06

    ■広島県日韓親善協会・忘年・会員の夕べ
     今日は行事が目白押しです。午前中シテイプラザカンコーで、広島から来てくれた友人に会いました。年末の挨拶、来年の約束、お茶を飲みながら楽しく過ごしました。

     12/9の建国記念日の理事会に間に合わせるよう、案内チラシの原稿をまとめておりましたが、やっと出来上がり今日発注致しました。講師の古賀誠先生の演題、プロフィール原稿、顔写真、大之木英雄会長の挨拶文、等々あちこちに手配していたものすべて入手しての発注です。あと三日しかありませんが、チラシ10000部、12/9午前中の納品を約束してもらいました。チョット無茶な要求ですが、なんとか受けてもらいヤレヤレです。後は理事会の会議資料の作成、いつも泥縄ですがなんとか間に合わせます。

     午後3時からは森沢ホテルで(財)呉海軍墓地顕彰保存会の法人成十周年記念行事に出席致しました。永年勤続者34名の表彰、追悼歌「長迫の丘」(潮路はるかに)の歌碑建立の決定、等々議事を進めて、皆で(潮路はるかに)を歌いました。何時聞いても本当にいい歌です。それにしても梶本理事長・傘寿だそうです。よくその職を全うされると、いつも感心しております。今後ともお元気でよろしくお願い致します。

     早めに会場を抜け出して、広島リーガロイヤルへ車を走らせました。5時半からの日韓親善協会の行事出席のためです。最初に笑福亭銀瓶さんのハングル落語がありました。銀瓶さんは在日3世、日本名松本鐘一、本名シム・ジョンイルさんです。韓国には落語はありませんが全く新しいフイールドへの挑戦、すごいもんです。今日のネタは「動物園」虎の皮を被って移動動物園の虎になりすます男の滑稽噺です。お一人でハングルでしゃべった後、即座に日本語訳、つまり同時通訳落語です。「チョッコンマン・チョット待って」・・・・・お一人でやられるんですからご本人は大変でしょう。楽しく聞かせていただきました。懇親会には金総領事や藤田知事も参加されました。懐かしい方々とお会いし、あっという間に時間は過ぎてゆきました。事務局の方の打ち上げに誘われて、またまた楽しいひとときを過ごさせていただきました。恐らく事務局の方々は食事もとらずに、会の進行のために必死でやられたものと思います。お腹もペコペコだった事でしょう。大変有り難うございました。

     帰りにチョコット流川へよりました。いとこ夫婦がやっているビルの5階の小さな店です。11時は過ぎておりましたが、これも久しぶりの再会です。そこで日販の広島支店長と隣り合わせになりました。今、話題の本の話などして日付が変わる前に、店を出ましたが家にたどり着いたときは、日にちが変わっておりました。でもでも楽しい一日でした。
  2005/12/05

    ■議会運営委員会で12月定例会の日程内定
     今朝起きてみると、家の廻りは真っ白、初冠雪です。9時からの会派ミーテイングへ遅れないよう早めに支度をして、家を出ましたが道路はさほどでもなくスムーズに走れました。安浦、川尻、蒲刈方面の議員は1時間半ほどかかったそうです。会派ミーテイングの後、10時から議会運営委員会が開かれました。12月定例会についてですが日程は12月8日から12月19日まで、審議日割や一般質問(代表)など協議致しました。代表質問は7名で初日8日が4名、翌9日が3名行う事となりました。我が会派・林田議員は初日の3番目です。

     午後は広島で会議に出席。夕方トンボ帰りでソロプチミストのチャリテイデイナーショウに出かけました。場所はクレイトンベイホテル、田辺靖雄と九重佑三子です。久しぶりにデイナーショウに行きましたが、大変大勢の人でした。私のテーブルは男性が3人いましたが全体では8〜9割が女性でしょう。隣の女性が言っておられましたが「女性が社会に進出してきたのは本当に母の時代では考えられなかった。でも家の中でも外でも女性が強いと安泰ですよ」と言っておられたのは印象的でした。ともあれ田辺靖雄も昨年、還暦だと思いますので全く私の高校時代、大学時代と重なります。よく知った歌ばかりの懐かしいひと時でした。
  2005/12/04

    ■焼山南竹和会
     今日は所用があって広島の長兄のところへ出かけました。久しぶりです。帰りにチョットそごうに立ち寄りましたが、紙屋町の地下街の駐車場はどこも待ちの車がズラッと並んで動きません。仕方なく原爆ドーム近くの立体駐車場へ入れました。ここらだと意外にすいていて、しかも最近のそごうでは2000円以上の買い物で2時間、無料だそうです。しかしさすが100万都市ですね。師走はじめの日曜日、ごった返していました。

     夕刻6時からは、ひばりケ丘自治会館において焼山南竹和会の初会合です。18名の世話人の方(1名、風邪のため欠席)が寒い中集まってくださいました。会則も承認され、代表世話人も決めていただきました。本当に有り難い事です。地元ひばりケ丘を始め周辺住民の方々のご期待に恥じぬ行動と働きをしっかりやる事を、心に誓いました。それにしても気温がどんどん下がります。明日の朝の冷え込みが心配です。
  2005/12/03

    ■呉ワイズメンズクラブ・クリスマス例会
     師走もはや三日、あっという間です。午前中、事務所に向かう途中、クレアラインからおりてくる九州のナンバーをつけた観光バスに出会いました。体育館の所で呉駅方面へ曲がりましたが恐らく大和ミュージアムへ向かっていたのでしょう。どんどん呉市へ観光客が来てくださる。本当に有り難い事です。私も既に5〜6回行きましたが、呉の歴史も解りますし、本当に良いものが出来たと思っております。これからは呉市民皆で守り育てて、さらに充実させ、オンリーワンの、日本で、世界で、誇れるものにして行こうではありませんか。

     6時からは呉ワイズのクリスマス例会です。スタッフは5時集合、諸準備です。呉クラブのメンバーは20名足らずですが、今日は、ゲストを含めて約100名です。張り切って準備をさせていただきました。古谷会長の点鐘から会は始まりました。賛美歌を歌い、食前のお祈りを捧げた後は楽しい会食と懇親に入りましたが、その間は終始クオレサクソフオンユニットの美しい音色が、会場一杯響いていました。女性ばかりの4重奏です。メンバーからのつてで、ご出演いただいた訳ですがアンコールの声もかかり本当にすばらしいものでした。2006年の3月12日(日)には広島国際会議場のフエニックスホールで第14回の演奏会を開かれるそうです。マリンバのゲストも迎えられ、台所用品による変奏曲もあるそうです。なかなか面白そうです。14時開演・入場無料だそうです。皆さんいかがですか。さて呉ワイズの12月例会恒例のオークション。メンバーが持ち寄ったものをセリにかけるわけですが、本当に掘り出し物が安い。うまく競り落とす方もあれば、1000円と声をかければ、タイミングよく1500円の声、あっという間にほかの人へ。完売、10万円弱の売り上げでした。岩国や広島ほか他のクラブからもご参加いただき、呉クラブ皆で力を合わせたすばらしい一日でした。感謝!感謝!

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